むかし、むかし

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むかし、むかし

魔王の過去。 残酷表現注意。 ***  昔々、あるところに、一人の青年がおりました。  青年は、大きな王国に属する小さな村の長の次男坊で、彼の家族には厳しいが暖かい父と優しい母、兄と妹がおりました。  青年は、体を動かすことが大好きでした。  そのため、家にじっとしていることが出来ず、いつも勉強時間に家を抜け出しては、父親の手を焼かせていました。  しかし、性根は優しく、村民達の畑仕事や牧場の世話に好んで手を貸していたため、皆から大変好かれておりました。  青年もまた、自分の家族や、優しい村の人々をとても愛していました。  ある時、国中を大飢饉が襲いました。  何年も不作が続き、穀物も、家畜も、どんどん数を減らしていきました。  小さな村の長は、貧困する村民の税を減らし、村民も互いに助け合って何とか日々を乗り切っていました。  しかし、村が属する国の王は、税を減らすことを良しとしませんでした。  いつまで経っても税を納めない村に痺れを切らした国王は、小さな村に兵を差し向けました。  青年は、父と兄に庇われ、母と妹を連れて兵から逃げ回りました。  しかし、途中で二人と離れ離れになってしまったのです。  必死に探した彼が漸く彼女達を見つけたとき、優しかった母も、まだ少女だった妹も、無残な姿で冷たい地面に横たわっていました。  抱き上げて、どんなに名前を呼んでも、返事はありません。  元々、50人ほどしか居ない小さな村です。  兵など持たぬ村は、あっという間に火の海にされ、穀物も、家畜も、全て国に奪われてしまいました。  最後まで抵抗を続けた村民達は、皆殺されてしまいました。  絶望に捕らわれた青年は逃げることをやめ、残骸となった村に足を踏み入れました。  声を上げても、音を立てても、返事を返すものは誰一人としていません。  夜の静かな闇の中、黒く焼け焦げた村の土を一歩踏み歩くごとに、青年の中に、暗い火が灯ります。  まだ熱の残る煤けた空気を吸いながら、青年は一歩一歩、村の中心にあった自分の家に向かいます。  完全に焼け落ちた家には、誰も立ってはいませんでした。  黒い柱が何本も傾いて地面に突き刺さり、黒い灰が地面に降り積もっているだけです。  青年が灰を掻き分けると、黒い剣が一本、地面に刺さっているのを見つけました。  青年はそれを見て、父の言葉を思い出しました。 『何があっても、その剣だけは抜いてはいけない』  しかし、青年には、武器が必要でした。  この村を滅ぼした、悪を断ち切るための剣が。  青年は剣を手にしました。  不思議なことに、幼い頃どんなにこっそり試しても、地面に刺さったまま決して抜けなかった剣は、いとも簡単に抜けてしまいました。  そして、その剣は、火の中にあっても傷一つつかず、美しい月の光を反射して、黒く艶やかな輝きを放っていました。  青年は嗤いました。  これは、きっと、自分に仇を討てと言っているのだと。  黒く光る剣は、青年に力を与えました。  剣が血を吸う度に、体中に力が沸くような気がしました。  青年は嗤いました。  たった一人で国を切り捨て、流された血を吸って黒く変色した屍の城を我が物として。  青年は嗤いました。  餌を求めてやってきた魔物たちにかしずかれ、王の椅子にその身を預けて。  魔王は、かつての非力な人間だった己を、嗤いました。  end.
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