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欲しかったゲームソフトが手に入らないことが確定した。
1か月前。
あまりに勉強机に向かわない俺を見かねて、母親が条件を出した。
中間テストで10位以内に入ったら、あんたの欲しいゲームを買ってあげる。
俺はすぐさま頭の中でそろばんをはじき始めた。
俺には金がない。
バイトの給料は友人との他愛無い日常の中で消えていく。
そして、俺は賢い。
勉強机に向かわないのは必要がないからだ。
俺は割に合わないことはしない。
努力だ、成長だ、自己実現だなんてバカバカしい。
俺は熱量というものを母親の胎内に置いてきたのだ。
学年10位だったのは、同じクラスのウエヤマだった。
つまりウエヤマに1点でも勝っていれば、今頃俺は寝る間も惜しんで魚釣りや虫捕りをして、マイホームのローンを返済しようと奔走していたはずなのだ。
「ウエヤマのせいでゲームできないんだけど」
俺の努力は無駄だった。結果が伴わないなら、やらない方がずっとマシだ。
この3週間、友人の誘いを断ってまでパラパラと単語帳を繰っていたのがバカみたいだ。
バカみたいで、惨めで、俺はひとつ前の席に座るウエヤマに八つ当たりした。
「僕のせいなの?」
ウエヤマは呆れの中に哀れみを含んだ声色を返してくる。
余計に腹が立って、俺は喚いた。
「そうだよ、ちょっとくらい忖度しろよ」
「はははっ」
ウエヤマはくしゃっと顔にしわを寄せて笑った。
それが始まりだった。
寝ても覚めても、頭に浮かぶのはウエヤマの笑顔ばかりになってしまった。
1回でも多く、1秒でも長くウエヤマの笑顔を見たい。
俺は毎日ウエヤマに話しかけるようになった。
お願いだから、笑ってほしい。
お願いだから、その笑顔を俺以外に見せないでほしい。
お願いだから、お願いだから……。
当然、俺たちはかなり仲良くなった。
もしかすると親友と言ってもいいのかもしれない。
俺はほとんどウエヤマの笑顔を独占できていることに、安心と優越を感じていた。
だから、青天の霹靂だった。
「僕、隣のクラスのミシロさんに付き合おうって言われたんだよね」
「は?」
「ミシロさん可愛いし、付き合うことにした」
「……お、おう」
ウエヤマとミシロさんは遊園地でソフトクリームを食べるだろう。
水族館でペンギンを見るだろう。
一緒に下校して数学教師の愚痴を言うだろう。
……笑い合いながら。
「おめでとう」
緊張しながら声をかけようと、必死に考えたおもしろい話をしようと、
所詮ウエヤマの笑顔は俺のものではない。
割に合わないことは、すべきではないのだ。
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