6人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
「ああ、図書館も寄らなあかんし、又今度、上がらせてもらう」
そう言うだろうと、予想はついていた。
もうすぐ、昼時だ。そのまま居たら昼食の時間になる。
私が用意するのだから遠慮することはないのに、父の方が気詰まりなのだ。
「ああ、うん。わかった」
父はもう、道の側まで、下りている。振り返って、顔を上げる。
「おっ母に電話だけしてやってくれ。野菜持って行っても、何も言ってこんて言うでの」
さいさいもらうと当たり前になって、お礼の電話をしない時があった。大らかな母だからと、優先順位が低くなっていたのは否めない。こんな年になっても、言われなければできないのかと、恥じ入る。
「うん。ちゃんと後から電話しとく」
「ああ、それと、るりちゃんは就職活動してるんか」
孫の就活のことまで、ちゃんと覚えていたのか。
何を言われるのかと、身構える。父から質問される時はいつもそうだ。その癖がいまだに抜けない。
「してるよ」
「まあ、一生の大事なことやで、しっかり選びねの。じいちゃんも陰ながら応援してるって言うてんでの」
え? それだけ?
てっきり、公務員を受けさせろと言われると思ったのに、気が抜ける。
「うん。ありがと。伝えとく」
父は右手を一瞬だけ挙げる。それを潮に、車に乗り込む。
私は思い出して、助手席の窓をたたく。
ガラス窓がするすると下りる。
「何や」
「運転、気をつけて」
父は、頭を下げると、今度は左手をさっと挙げる。
そして、いつものようにクラクションを1回鳴らして、帰って行く。
私は、手を振り、車が角を曲がって見えなくなるまで見送る。
家に入ろうとすると、玄関には、お盆にお茶のコップを載せた義母が立っている。
「あら、もう帰ってまいなったの」
「はい、すいません」
ほぼ同じやり取りを何度も繰り返している。
最初のコメントを投稿しよう!