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「ああ、図書館も寄らなあかんし、又今度、上がらせてもらう」  そう言うだろうと、予想はついていた。  もうすぐ、昼時だ。そのまま居たら昼食の時間になる。  私が用意するのだから遠慮することはないのに、父の方が気詰まりなのだ。 「ああ、うん。わかった」  父はもう、道の側まで、下りている。振り返って、顔を上げる。 「おっ母に電話だけしてやってくれ。野菜持って行っても、何も言ってこんて言うでの」  さいさいもらうと当たり前になって、お礼の電話をしない時があった。大らかな母だからと、優先順位が低くなっていたのは否めない。こんな年になっても、言われなければできないのかと、恥じ入る。 「うん。ちゃんと後から電話しとく」 「ああ、それと、るりちゃんは就職活動してるんか」  孫の就活のことまで、ちゃんと覚えていたのか。  何を言われるのかと、身構える。父から質問される時はいつもそうだ。その癖がいまだに抜けない。 「してるよ」 「まあ、一生の大事なことやで、しっかり選びねの。じいちゃんも陰ながら応援してるって言うてんでの」  え? それだけ?   てっきり、公務員を受けさせろと言われると思ったのに、気が抜ける。 「うん。ありがと。伝えとく」  父は右手を一瞬だけ挙げる。それを潮に、車に乗り込む。  私は思い出して、助手席の窓をたたく。  ガラス窓がするすると下りる。 「何や」 「運転、気をつけて」  父は、頭を下げると、今度は左手をさっと挙げる。  そして、いつものようにクラクションを1回鳴らして、帰って行く。  私は、手を振り、車が角を曲がって見えなくなるまで見送る。  家に入ろうとすると、玄関には、お盆にお茶のコップを載せた義母が立っている。 「あら、もう帰ってまいなったの」 「はい、すいません」  ほぼ同じやり取りを何度も繰り返している。
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