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 子どもの頃、不思議に思うことがあった。  どうして、お父ちゃんなのに、「(にい)さん」と呼ばれているのだろうと。  母がなぜか「兄さん」と呼んでいたのだ。私の記憶違いなのかと、調べてみた。すると、この地域では、昔は妻が夫のことをそう呼んでいたらしい。  そして、祖母も父のことを「兄さん」と呼んでいた。  父は婿養子だったからだ。  祖父はどう呼んでいただろう。祖父は無口な質だったし、私が高校1年の時に亡くなってしまったので、よく覚えていない。  父と祖父との関わりを振り返ると、鯉のぼりの件が頭に浮かぶ。  私より9才下の弟が生まれた時のことだ。家にとっては、数十年ぶりの男子だった。3月に生まれた。  祖父はさっそく、鯉のぼりを買ってきた。すると同じ日に、父も鯉のぼりを買って帰ってきた。母は、朗らかに笑っていた。 「2人とも、ほんなに嬉しかったんやの」  私は、弟に感謝していた。みんなにちやほやされていることよりも、跡継ぎの重圧から逃れられた気持ちの方が強かった。私はまだ子どもだったし、二重になった鯉のぼりのことなど、頓着しなかった。  それでも、後になって考えてみれば、背を向け合う二人の姿が見えてくる。一言「鯉のぼりを買ってくる」と、どちらかが言えば、無駄な買い物をせずに済んだのだ。 多分、一事が万事、そうだったのだろう。
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