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冷蔵庫の野菜ボックスを引き出し、中をチェックする。
ビニール袋から、きゅうりを取り出す。この間実家からもらったのは、もうこれでおしまいだ。スーパーに行ったら買わなくては。
きゅうりに塩をまぶして板ずりしていると、玄関脇の座敷から義母の声がする。
「あらっ! お義父さんが来なったわ」
座敷は表通りに面しているので、うちに来た車は、いち早くわかる。
……ああ、もう。いっつも料理してる時間に来るんやから。
手に付いた塩を洗い流していると、インターフォンのチャイムが鳴る。
はいはい、わかってるよ。
IHヒーターのスイッチも切る。
父は、今年84才になる。子年の年男だ。
脊柱管狭窄症なので、こちらの病院までリハビリを受けに、軽トラックを運転してやって来る。
その折りに、母が畑で作った野菜を届けてくれる。
廊下を歩いていると、義母が声を掛けてくる。
「入ってもらって、お茶でも飲んでもらいねの」
「はい」
ドアを開けると、父が立っている。
父は、曲がっている腰を無理に真っ直ぐにしようとして、胸を反らすような姿勢で、立っている。
年を取り、ますます往年の笠智衆に似てきた。
「いらっしゃい」
「ああ、家に居たんか。これ、いつものやけど」
手に持っている、大きなレジ袋を差し出す。
中には、きゅうりやなすやトマトが入っている。
「ああ、うん。ありがと」
言い終わらないうちに、父はもう背を向けて、ポーチの階段を下りかかっている。私は、慌てて声を掛ける。
「入って、お茶飲んでったら? 暑いし」
父は立ち止まる。今日こそ入っていくだろうか。
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