2人のお父さん

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2人のお父さん

 私には、父が二人いる。  一人は、血が繋がった父。温厚で頼りになる大好きな父だ。  もう一人は、私と顔も性格も似ていない赤の他人。父という肩書きを持っただけの人。 「おはよう、真子ちゃん」 「……」 「えっと……朝ごはんあるから、食欲あるなら食べていってね」  母の再婚相手である雄二さんが、困ったように朝食を勧めた。私が意地っ張りに無視をしても、彼はめげずに一度は声をかけてくる。それでも優しい顔を崩さないから、なんとなく腹立たしかった。  私の本当の父は、二年前に病気で他界した。私が小学六年生の時だった。最後に見た父は、棺の中でたくさんの花に囲まれてどこか幸せそうに眠っていた。それをまだ鮮明に覚えている。どれだけ楽しいことや印象的なことが起ころうとも、父の最後の寝顔は忘れられない。私だけでなく、葬儀で咽び泣いていた母も、まだ何もわかっていないであろう弟でさえも同じだと思っていた。  だが、どうやらそうでもなかったらしい。一年後、母は職場の人と再婚した。一つ年下の頼れる部下だと、母が言っていた。優しくて、どんな時も支えてくれると、久方ぶりに見せた柔らかな笑みを湛えていて、私は冷や水を浴びせられたようだった。  許せなかった。どうしてそうも簡単にお父さんのことを忘れられるのだろうと。なんで、お父さんがいた場所に赤の他人がいるのだろう。父との思い出が、突然できた新しい父という存在によってあっという間に塗り替えられていくのが心底嫌だった。 「パパ! おはよう!」  背後からバタバタとうるさい足音がして、リビングに弟の守が飛び込んできた。すっかり新たな父に懐いた弟は、呼称まで「パパ」に変えている。 「おはよう。よく眠れた?」 「うん! すっげー寝た!」 「それはよかった。朝ごはん食べる?」 「食べる!」 「じゃあ準備するから少し待ってね。真子ちゃんの分も用意しておこうか?」 「…………うん」  仏頂面で答えたにも関わらず、その返事に雄二さんはどこか嬉しそうに微笑んだ。  新たな父が優しい人だというのは、普段の言動や顔を見れば一目瞭然だった。悪い人じゃないし、ましてや父の代わりになろうと必死になっているわけでもない。母のことを心から愛しているようにも見えるし、父のことも尊敬していたようだった。  それでも、私はこの人のことが嫌いだ。私なんて眼中にないみたいなんだもの。父の居場所を奪って、娘という存在をどこか無視しているように思う。  あの人は、私をよく褒めてくれる。偉いね、すごいね。真子ちゃんは頑張ってるね。気味の悪いくらい称賛してくるものだから、警戒もする。それに、あの人は私を叱らない。私が少し悪いことをしても咎めなかった。  それが嫌だった。  私が悪い子に育ってもいいのかもしれない。叱らないことが愛情に直結するとはどうにも思えなかった。 「真子ちゃん?」  いつの間にかテーブルには朝食が並んでいた。雄二さんの心配そうな顔が視界に映り、私は顔を顰める。  その顔が嫌いだ。  お父さんとそっくりな優しさが痛い。私を気遣うような、一線を引いたような眼差しが苦手だ。 「……いただきます」  その視線から逃れるように、朝食に目を落とす。  義務的に発した挨拶は、弟の弾けるような挨拶でかき消されていった。
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