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「私には恋人がいるから君との婚約は破棄する」
それは、婚約して数年。初めて顔合わせて挨拶も無しに言われたこと。
蜂蜜色の美しい髪と深い青の目をしたとても見目の良い顔立ちの彼は、ヴィジェスト・バウ・タータント第二王子殿下。このとき13歳を迎えられた。
そんな彼の婚約者に選ばれた私はタータント国の辺境伯爵家の令嬢でケイトリン・セイスルート。このとき15歳だった。
「左様でございますか。恋人がいらっしゃるのは分かりますが殿下は紳士の風上にも置けない方でいらっしゃいますね」
本当ならば不敬だと叱られるし即刻クビを跳ねられてもおかしくないが、私はどうにも我慢出来なくて言ってしまう。何故なら我が辺境伯家の家訓の一つに【親しき仲にも礼儀あり】というものがある。そうどれだけ仲が良くても挨拶は当然。相手を敬う気持ちも常に持つ。そう教えられて来た私に仮令身分が上であろうと、挨拶一つ出来ない殿下に口出ししたくなった。
それも、彼は13歳だ。王族教育はきちんとされているだろう? と言いたい。挨拶は基本じゃないのか?
「なっ。無礼だぞ、キサマ!」
「不敬なのは承知しておりますが無礼なのは寧ろ殿下でございましょう。婚約が成立してから5年間全く顔合わせもしていなかった私達ですのに、初めてお会いして挨拶をする事も無くそのような事を仰るのですから。それとも王族教育では、身分が下の者に挨拶をする必要が無いとでも教えられていらっしゃいますか」
本来ならここまで言う必要は無い。そんな事は分かっている。けれど礼儀に厳しい両親・兄そして上級使用人達に育てられた私には、挨拶一つ出来ない殿下は常識知らずに思えたので、つい言ってしまった。殿下はグッと言葉を飲み込まれて挨拶をされた。根は素直なお方らしい。
「ヴィジェスト・バウ・タータントだ」
「お初にお目にかかります。セイスルート辺境伯家の娘・ケイトリンでございます。……では将来的にその方を正妃としてお迎えになられるということでよろしいでしょうか」
淡々と告げた私にヴィジェスト殿下は顔を嫌そうに歪めてから(多分私が嫌みのように挨拶をしたからだろう)頷いた。
「そうだ。それが解ったら去れ」
「かしこまりました。但しお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「先ずは国王陛下と王妃殿下がご存知でいらっしゃるのかどうか。私と殿下の婚約は陛下の裁可が下った発表は未だでも公的なものでございます。それから本日が初顔合わせとはいえ、5年間は殿下の婚約者として王子妃教育を含めた教育を施されておりました。それを殿下のお心により破棄されるとのこと。私への償いとしてお金をお支払い頂いてもよろしいでしょうね?」
私の発言に殿下は顔色を変えた。
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