番外編

14/15
307人が本棚に入れています
本棚に追加
/415ページ
「俺とガリアでお嬢の話してたオンセンがありそうな火山まで行って。でもあの火山って10年くらい前に噴火してからは、全然噴火していないからもう火山じゃないのかなって思ったんですよね」  アレジが切り出すが、ケイトリンは「いやいやいや!」と即座に突っ込んだ。 「10年程度じゃ休火山でもなんでもないからっ!」 「キュウカザン?」  ケイトリンの突っ込みにガリアが首を傾げる。山が活発に噴火しているのは活火山。100年単位で噴火してないのは休火山と言われている、と日本でのうろ覚え知識を披露しつつ、話の先を促す。 「あ、それで。あの山近辺の住人にオンセンの話をしたら……」 「お湯が沸いてる所があるって教えてもらったんですよ」  話をまとめると、どうやらアレジとガリアは地元民に案内されてボコボコとお湯が沸き出している場所へ案内されたらしい。ただ、見るからに火傷しそうな熱さのお湯でケイトリンの話のように人が入れるとは到底思えないようなお湯だった、と。 「まぁそんなわけで、オンセンはあったんですが、お嬢の話みたいに人が入れるとはとても思えなかった、という」  アレジが締め括ったが、ケイトリンは「それで?」と続きをせがむ。 「いや、これで終わりですけど」  ガリアが不思議そうにケイトリンを見た。つまり、まぁ、温泉の概念が無いこちらの世界では、そこで終わってしまう話、らしかった。 「あー、そうか。そういうことか。その先の発想が無いのか」 「その先?」  とケイトリンを促すのはデボラ。ケイトリンは説明する。 「うーん。温泉の効能を維持して人がお湯に浸かれる温度をね、前世の日本では、工夫したんだよね」 「工夫」  デボラが言葉を繰り返す。ケイトリンがニコリと笑って「分かり易いのはお茶ね」と言った。 「お茶」  デボラはさっきから単語を繰り返しているだけ。ケイトリンは、更に説明していく。 「デボラがお茶を入れる時ってお湯を沸かしてくれるでしょう? その時、熱いお茶をそのまま私には出さないでしょう?」 「それはそうです。お嬢様が飲める熱さまで冷ましてからお出しします」 「そう、それ」  デボラは当然、と口にする。ケイトリンがすかさず指摘した。 「それ、とは……」  デボラがまた繰り返すからケイトリンはクスクス笑うがクルスがハッとした顔になった。 「オンセンとやらも人が入れる熱さまで冷ますってことですか⁉︎」 「クルス、正解。そう。お湯が空気に触れる事によって冷めていくから、熱々のお湯でも人が触っても温かいくらいの温度まで冷まして、入る施設を日本は作ったのよ。お湯をこのティーカップみたいに人が入れるくらいの広さで溜めてお湯が冷めたら入る。私達が普段、バスタブに浸かるのと同じ。あれだって侍女や侍従達がお湯を沸かしてバスタブにお湯を入れて、そして冷めて温かいなって所で入るでしょう」 「ああっ! そういう事か!」  ガリアが納得! と叫ぶ。 「つまり、お湯がボコボコ沸いているだけじゃなくて、それを冷まして人が入れるくらいの熱さになった風呂がオンセン……」  アレジも呆然と呟いた。 「そう。但し、普段私達が入るのは飲み水を沸かすだけ。でも温泉は、自然のもので。そのお湯には疲れを取るものとか、お肌がツルツルになるものとか、怪我に効くとか、色々あるわけ。だから湯で治す、湯治って言葉があるって前にも話したわよね?」 「そういう意味で考えると、多分あの辺に住んでいる人達は誰も知らないだろうな」  ケイトリンの改めての説明に、ガリアが肩を竦める。 「うーん。そうなると、家の中でお風呂はいいけど、外でお風呂なんて嫌悪感を抱く人もいるかもしれないわねぇ」  ケイトリンとしては、大自然の中で温泉に浸かって疲れを癒すのは、やはり日本人の前世があるせいか、当たり前なのだが。とはいえ、日本でだって、露天風呂は男女別や家族で入れるファミリー用露天風呂などが有ったし、羞恥心を考えると、裸のお付き合いは友人や恋人や家族とかが良いに決まっている。  うーむ。  と考えること少し。  ケイトリンは、ハッと思い出した。 「そうだわ、足湯よ!」 「アシュ?」  ケイトリンの叫びにデボラが聞き慣れない言葉とばかりに首を傾げる。 「足にお湯で、足湯。足だけお湯に浸かる温泉のこと。これなら、人が入れる深さや広さが無くても、足だけ入れる深さと広さでお湯を溜めれば充分。寒い日でも足だけお湯に浸かると、長い時間のうちには全身がポカポカと暖かくなるのよ」 「「「「おおっ」」」」  デボラ・クルス・アレジ・ガリアの声が見事にハモッた。 「それに足湯だけでも身体の疲れはだいぶ取れると思うし。地元の人達にも受け入れ易いと思うわ。ついでに足湯1回につき……ってお金をもらえば稼ぎにもなるわねぇ。そうなるとその辺の人達、かなりお金で困る事が少なくなるんじゃないかしら」  所謂ビジネスチャンス! というヤツである。ケイトリンの話を聞いたアレジとガリアは、目線を交わし、直ぐに動き出した。 「お嬢っ! そのアシユってやつを作るお金って」 「任せなさい。お父様に先行投資として出させるから。クルス! お父様に手紙を持って行って。それでセイスルート家の執事からお金をもらって2人に渡して。アレジ! ガリア! あなた達は地元の人達に今の説明をして手伝ってもらって。最初は石を組み上げてお湯を溜めるだけでも全然違うわ。でも理想はバスタブみたいに陶器……が無理でもそんな感じの物を作るのが最終目標ね!」  というケイトリンの指示の元、無事に先行投資費用をセイスルート家から巻き上げ……もとい借りたアレジとガリアは再び、かの国の火山へと足を向けたのだった。  さて。そんな2人を見送る……事もなく、ケイトリンはようやく寝付いた3人目の我が子・エリーザと共にベッドに潜り込む。エリーザを挟んで向こう側にドミトラルがベッドに戻って来たのを既に目を閉じているとはいえ感覚で理解しつつ、夢の中に旅立つ。尤もセイレードの女男爵である以上、あまり寝てもいられないので数時間後にはデボラに起こされる事は理解しているのだが。  夢の中でケイトリンは、第一子・ストラールと第二子・ポリーナ。そして第三子・エリーザと共に温泉でまったりしている。ちなみにその温泉は日本でよく見た露天風呂タイプで、その上第三子のエリーザが既に5〜7歳前後まで成長している姿だった。という事は日本の考えでいくとストラールは男湯のはずなのだが、そこは夢の中。ご都合主義である。そこで3人からそれぞれの名前の由来を尋ねられていた。  ストラールは、父親がドミトラルなので、ドミトラルの名前を付けたくてラル。伸ばしてラール。そこからストラールになった。ちなみにストというのは、英語・ストレート(真っ直ぐ)という意味で付けた。  ポリーナは、英語のホーリー(聖なる)をもじった名前。では、エリーザは? と言えば……エリーザのリーザがケイトリンが飼っていた猫の名前である。  リーザが老衰で旅立った日は今でも覚えているが、それから何年も経って同じ日にエリーザが生まれたので、愛称をリーザにしたくて色々と名前を考え……エリーザになった。尚、エリーザのエリーは、上の2人が英語をもとにした名前だったので、英語……つまりイギリスの言語ということは、女王陛下・エリザベス1世を思い出したので、ケイトリンはエリザベスのエリを取り、リーザの愛称を呼べるようにエリーザという名前にした、と3人に話していた。  実際にその通りなのだが、夢の中では子ども達は、ケイトリンが日本人という異なる世界の記憶を持つ母親である事を知っているらしい。ご都合主義。ケイトリンは夢だから、と頭の片隅で思いながらも、デボラが改めて起こしに来るまで、夢の中に浸っていた。
/415ページ

最初のコメントを投稿しよう!