308人が本棚に入れています
本棚に追加
/415ページ
「それを知るためにシーシオ様に接近していたら」
クルスが珍しく言葉を濁す。躊躇いが有るようだが促す事もせず、されど聞かないとも言わず黙って待てば。
「……命を、狙われました」
「ーーはっ」
その一言に息をつく。あまりの衝撃に全身が瞬時に震えた。
「クルス、が?」
尋ねる声が震える。
ーー当たり前だ。クルスはセイスルート辺境伯家の影の中でも精鋭。そのクルスの命を狙うなど、余程の腕前だ。
「はい。……敵を侮っておりました」
「怪我は」
「どちらかと言えば警告に近いものだったので何も」
警告を出せるだけの腕前が有る、という事だ。暗殺のプロが一撃で殺すのではなく、警告レベルで手を出すという事は、クルスの力量を知った上で手加減が出来なければ意味がない。怪我をさせるくらいならともかく、半殺しのレベルならばそれはもう、警告の段階に無い。そんな腕前の者など、私の父を含めて10人も居ないだろう。
セイスルート家の影が何人なのか、私は把握していない。それでも。訓練生から影へと認められてから更に精鋭と呼ばれる存在になるまでは一握りのみ。その一握りの中に入っているクルスの命を狙うなんて。相当の腕前の持ち主なのだろう。
だけど。それ以上に腹立たしいのはーー
「いつ、有ったこと、だ」
怒り任せに声を荒げない私の、静かな怒りを感じ取ったのか。クルスは背筋を伸ばして「……3ヶ月前です」と声を絞り出した。
それはつまり。
この3ヶ月程、私はのんびりと学生生活を満喫していた、と? その事実にーー自身への怒りで身体が震えた。
「下がれ」
自分でも、こんなに低く冷たい声が出た事に驚く。でも。
ーー今の私は冷静になど居られない。
「お嬢様っ」
「呼ぶまで下がっていなさい。ーー命令だ」
デボラが私とクルスの仲を取りなそうとしたのだろうが、2人を下げる。今の私では怒り任せに何を言い出すか分からない。
私は確かに17歳で辺境伯とはいえ、伯爵家の令嬢で、学生の身分で。ただの令嬢で有れば今回の件にて報告が何も無かったとしても文句は無かった。というより、ただの令嬢なら知らなくていい事だし、のんびりと学生生活を満喫していても許された。けれども。私は彼らが忠誠を誓ってくれた主人。
確かに私から忠誠を誓え、と言ったわけじゃない。
だから彼らの判断として私に学生生活を満喫して欲しいという気持ちは汲む。彼らの主人になろうとしてなったわけじゃない。結果として彼らの主人になっただけ。
だから?
だから報告しなくても良い、と判断された?
それは私に対する侮辱だ。私が彼らの主人になろうと決意せずに主人にされてしまったと、彼らは思っているのか。結果としてならば忠誠を誓われてしまっただけ。けれどその後の過程において私は彼らの主人たりえようと私なりに努力して来ているつもりだった。その私の何を見てきたのか。
彼らは私を主人と忠誠を誓いながら私を主人と認めていない。
ーーそう考えてしまう。
解っている。そうではなくて。私に心配をかけまいとしたこと。普通の令嬢とは違う人生を送っている私に“普通”の令嬢と同じように生活して欲しいから黙っていたこと。
だけど。
彼らは私に忠誠を誓い、主人にしたのだ。
ならば私は主人として彼らの生涯に責任を負う存在にならなくてはいけない。……結局、それが出来ない程私が未熟だということ。
「デボラ。クルス。アレジ。ガリア」
「「「「はい」」」」
深呼吸をして気持ちを切り替えると彼らを呼ぶ。どうせアレジとガリアも居るだろう、と解っていた。4人を均等に見渡して私は主人として、彼らに告げる。
「私は未熟だが、お前達に忠誠を誓われた身。だからこそこれより先は、主人としてお前達の命を預かる。……その髪の毛一本も私の許可無く失うこと、禁ず」
「「「「……はい」」」」
「クルス続きを」
「はっ。……警告を受けた事をシーシオ様に報告し、シーシオ様から可能性として聞いた話を教えて頂きました」
「伯父様はなんと?」
「あの襲撃事件の黒幕と目されている者は、3人。……いえ、3組織。そのどれもが暗殺者を抱えているようです」
「3つの組織、ね。その組織同士が組む事は」
「互いを牽制し合う存在では有るものの、時に手を組む事も有る、と。……シーシオ様曰く其々の組織には魔術師が居るだろう、と」
1組織に1人と見ても最低3人は魔術師が居るということか。
「魔術師が少なくなったと言われている……というのは表向き、ということかしら」
「はい。お嬢様の推測通り、シーシオ様曰く表舞台で活動する魔術師は少なくなっているようですが。裏ではそれなりに魔術師はまだ存在するようです。シーシオ様からは、お嬢様に話すな、と言われましたが。シオン帝国の中枢部に飼われている魔術師団でシーシオ様が魔術師長の座に着く前に、前魔術師長の座を争った者が居るそうです。候補は当時5人で。1人が前魔術師長。1人は死亡。故にその敗れた3人が襲撃事件に関与しているのでは、と」
「そう。でも伯父様曰く、魔術師長の座に着くのは、それだけ特殊な魔法を使える、という理由が有ったはず。伯父様のように人の記憶に干渉出来る、みたいな。そんな特殊な魔法を使える魔術師が5人も居た事に驚きだわ」
「シーシオ様の前の魔術師長がその座に着いたのは、今からおよそ100年以上前だそうですから、その頃はまだ魔術師も多かった、と」
「そう。それくらい前なら……ってちょっと待って。えっ。ねぇ、今回の件に、その3組織が関わっているとして、伯父様曰く、その3人が関与しているのでは? って推測よね。えっ、その3人、今、何歳よっ」
100年以上前の魔術師長の座を賭けた争いにも驚きだけど、まぁ伯父様の前の魔術師長が長寿だったとしか思えない。……でも、特殊な魔法を使える魔術師って短命とかって話じゃなかったっけ? えっ? 魔術師長の座に着いたから長生きだったの? それなら敗れた人達はとうに生きてないんじゃないの⁉︎
ーーどういうことなのよ……。
最初のコメントを投稿しよう!