続編

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「お嬢様。実はその事でシーシオ様から探りを入れて欲しい、とお願いが入りました。それが頼まれた件です」  クルスが伯父様からの依頼内容を話す。そういうこと、か。でもそれは。 「命を狙われたというのなら、潜入調査なんて危険でしょう」 「センニュー?」  クルスが繰り返すので、潜り込む事だと説明する。命を狙って来た相手の懐に入り込むなんて無茶も良い所だ。その上、1日やそこらで終わるような調査とは思えない。そもそもクルスの顔がバレているだろうに危険な事この上無いんだけど。  という事を言えば、クルスもその危険は承知の上だと返してくる。 「お嬢様。一つ提案が」  デボラを促せば、デボラがメイク道具を出して来た。 「化粧で誤魔化すというのはどうでしょう?」  私はちょっと唖然としたが、直ぐにその提案を吟味する。確かに顔の印象を変える事は良い案だと思う。それに……クルスの髪はこちらの世界では当たり前に見る色なんだけど。髪も色を変えたら印象が変わるだろう。 「そうね。例えば、だけど。髪の色を濃いめの黒とかに変更して。顔は鼻の横にホクロでも付けてみようか。それだけで特徴は掴めると思う。後、クルスは服を自分の体型に沿ったものでなく、敢えて綿が入っているような物を着て。特に肩や腕が一見すると大きめに見えるように」  クルスを含め現役の影達は、何処に居ても溶け込めるようにあまり特徴の無い体型をしている。要するに細身ではあるもののそれだけ。前世の日本で言う所のマッスルな体型とか、もやし体型とか、そういった体型ではない。でも、今回は敢えて特徴的な体型や顔にする事が必要だ。 「ホクロ、ですか。髪の色も変える……」  クルスがあまり目立ちたくないという顔をするが、いつものクルスでは相手に見つかるだけである。 「まぁあまりやり過ぎると、変装しているのがバレるからやり過ぎない程度に加減は必要だけど。その辺はデボラに任せても良いかしら」 「もちろんでございます。お任せ下さいませ」 「後、伯父様には伝えておいて。クルスを貸す事は認めるけど、私が命じてない以上はクルスの命が優先だから、と。だからクルス。貴方はデボラから毒薬もらって行きなさいね」 「そんなの持っていたらそれこそマズイですが」 「あなた、相手方にどう潜入するつもりだったのよ。向こうの居場所もトップの存在も組織なのかどうかも不明で、組織なら人数も能力も何もかもが不明でしょうが。トップの存在が仮に物凄い年寄りの男だか女だかにしても、魔術師なら魔法が使えるわけでしょ。何の策も無いまま乗り込むつもりだったの? 寧ろ、最初から毒薬持ってナイフ持って個人だろうが組織だろうが、護衛でも暗殺でもなんでもやりますって真正面から売り込みに行く方がいいでしょうに」 「真正面から乗り込めってことですか」 「伯父様からの依頼って事はシオン帝国の中枢部も知っている……というより、中枢部からの依頼だと想像つくじゃない。向こうでその辺の設定くらい考えるでしょう。中枢部経由で裏ルートでも教えてくれるだろうから、そのルート経由で相手方に辿り着くって話くらいは整っているでしょ。仲介者が沢山居るのか、直接相手方に紹介されるのか、その辺は解らないけど」  私の予想にデボラがスン……と真顔になった。 「お嬢様……。人生経験豊富過ぎて裏まで予想されるのは、主人として感心ですが可愛げが有りません」 「可愛げの有る主人でいて、あなた達の命を預かれるわけないでしょ。普通のご令嬢? そんなのその辺に捨ててやるわ。なんだったら獣にでも喰わせるわよ。私は、セイスルート辺境伯の娘・ケイトリン。あなた達の主人。暴力だろうと権力だろうと屈しないし、か弱く守られているだけの令嬢で居るならセイスルート家を出ておくべきでしょ。私は辺境伯当主を目指しているのよ」  フン、と鼻で笑えば、デボラもクルスもアレジもガリアも跪き頭を下げて来た。 「「「「お嬢様に今一度の忠誠を」」」」 「そう思うなら、どんな手を使っても生きて私の元に帰って来なさい。そのために卑怯な手段を選ぶならば許すわ。私は私の大切な人の命を守るのが役目なのだから」  クルスに命じれば、「必ず」と笑った。あら珍しいわね、クルスが笑うなんて。とは思ったものの、それには言及せず、クルスは暫く伯父様の手足となるべく、直ぐに出立した。 「アレジ、ガリア」 「「はっ」」 「あなた達は、ちょっとシオン帝国を探ってくれないかしら。中枢部まで手は伸ばさなくていいわ。中枢部は厄介そうだし。そうね、伯父様の居る魔術師団と帝国を守る騎士団。後はあまり重要な位置に居ない文官辺り」 「それは構いませんけどー。お嬢、なんで重要な位置に居ない文官?」  ガリア……。前から思っていたけど、なんであなたは、こう、緊張感というものを壊す方向に行くのかしら。まぁいいけど。 「うーん。サヴィの事が引っかかってね」 「カリオン家の息子ー?」 「サヴィって帝国の騎士の家柄でしょう。だからアリシャについて調べていたのは解るのよ。他国の王女だからね。いくら留学生って言ってもその背景を探るのは解る。だからサヴィが家にアリシャの事を報告していたのは、学園でのアリシャの様子なんだと思うの」 「まぁそうでしょうね」  アレジがふむふむと頷いて然りげ無く会話に入ってくる。アレジは常にこんな感じだ。 「でも。なんでサヴィだったのかしらって」 「カリオン家だけ?」 「だって大半の学生はシオン帝国の令息・令嬢よ? サヴィだけじゃなくて他にも……全員とまではいかなくても何人か、家からアリシャや私、ジュストについて学園生活のアレコレを報告する者が居てもおかしくないでしょう? 尤もシオン帝国は、留学生は結構多いから普通の留学生は調査対象にならなくて、アリシャは王女だから対象になっただけとも言える。でもそれにしたって、サヴィ以外、アリシャを探っている生徒は居なかったと思うのよね」 「まぁそうですね。アリシャ王女を敵視している、とか、そういうわけじゃなくて、王族は一応調査対象だから、探っただけ、とか」  アレジの答えに「そう考えたわ」と頷き、それでも。 「だったら尚更、サヴィだけが探っていたのが不思議。寧ろなんでサヴィが調査を任されたのかってこと、よ」 「確かにー。王女が相手だからどっちかって言えば令嬢が調査を任される方が納得ー」  ガリアがうんうん、と頷いた。 「まぁ私の考え過ぎかなぁって思ったのだけど、襲撃の一件を調べていてクルスが狙われたというのなら、ちょっと情報収集を、ね。で? アレジとガリアは何回狙われたの?」 「ヤダなぁ、お嬢。俺とアレジは確かにクルス先輩みたいに1回だけじゃなかったけど、それでも2回ずつだからー。そんなにヘマしないよー」 「あ、ガリア、お前、バカっ」  私が然りげ無くアレジとガリアも狙われた事を前提に尋ねれば、ガリアがぽろっと乗せられ、アレジが慌てる。ガリアは「あ、マズイっ」と更に慌てた。 「やっぱり2人も狙われたのねっ。報告っ」 「「す、すみませんでしたっ」」  2人もクルス同様、脅し程度のものだ、と白状した。本当に、つくづく私は彼らの主人として未熟で情けない限りだ。ちなみに、デボラは? と尋ねれば、シレッとした顔で「有りません」と言ったけど。こういう顔をされると、本当か嘘か、デボラは見極め難い。デボラの言葉を信じて、彼女は平気だったと思う事にしておこう。
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