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「やめろよ」
声が震えた。
茹で蛸のような赤い顔が、こちらをにらみつけてくる。寒いくらいの夜だが、男の顔にはぬらりとした汗が滲んでいた。
「なんだ、てめえ」
呂律の怪しい言葉が聞こえたと思ったら、次の瞬間には頬を衝撃が襲っていた。吹っ飛び、床に転がる。追い打ちが腹にきた。靴先が二度、優弥の鳩尾あたりに食い込む。
女の悲鳴と、小刻みな足音。
吐き気を堪えつつ目を開けると、女の姿は消えていた。男が舌打ちをし、もう一発蹴ってきた。
腹の中がかき回されるような感覚。そして、こみ上げてくるものを吐き出した。
優弥の吐瀉物に怯んだ男は、また舌打ちをして、どこかへ消えていった。
優弥はなんとか立ち上がり、近くのトイレまで歩いた。汚れた口周りを洗う。どこか切れていて、水が触れるだけでしみた。また吐き気が襲ってきて、もう一度吐いた。
惨めだ。涙で視界が濡れた。手洗い場の鏡に映る自分。これのどこが男なのか。
己の何かを、優弥は責め、忌み嫌った。
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