父の陽炎

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 優弥の家は店の二階にあり、帰るにはどうしても一度、店の中を通る必要があった。  顔には誤魔化しようのない痣ができていて、母は優弥を見るなり、客の目もはばからずに大声をあげた。 「どうしたの、それ」 「転んだんだ」 「嘘よ、そんなの。正直に言いなさい!」  ヒステリー気味に慌てながら、母は救急箱を取り出してきて、店の中で優弥の手当を始めた。数人の客も、母のそういった面を知っている常連だったので、むしろ笑みを浮かべながらその様子を見守っていた。 「おお、優弥。ちっとは男らしい顔になってるじゃねえか」  冷やかしてきたのは、キジという壮年の男だった。いくらか広くなった額。彫りの深い顔。どこかに影のある眼。なんでも、優弥の父親との昔なじみらしい。  物心つく前から優弥を可愛がってくれ、親戚以上に親身になってくれる人だ。   母は目をつり上げ、 「やめてください。この子は、男だなんだって生き方とは縁がないんです」 「縁ってやつは、望まなくてもできちまうもんさ」 「ふざけないで。この子は、あの人とは違うんです」 「そりゃ違うさ。けど、同じでもある。男ってのは、そういうもんだ」  キジの話しぶりに、優弥は興味を惹かれた。父がどう生きていたのか。温室の中では聞けない話が、彼の口からなら聞けるかもしれない。そう思うと、傷に触れる消毒液の刺激を忘れてしまうほどだった。 「おじさん。父さんって、どんな人だったの?」  一通りの手当が終わり、母が店の奥に救急箱を片付けに行ったとき、ふと尋ねた。  キジは一瞬苦い顔をしたが、もう二十歳だもんな、と呟くと、 「今度、お袋さんがいないときにな」  どこか諦めに似た色を浮かべ、笑った。
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