3人が本棚に入れています
本棚に追加
優弥の家は店の二階にあり、帰るにはどうしても一度、店の中を通る必要があった。
顔には誤魔化しようのない痣ができていて、母は優弥を見るなり、客の目もはばからずに大声をあげた。
「どうしたの、それ」
「転んだんだ」
「嘘よ、そんなの。正直に言いなさい!」
ヒステリー気味に慌てながら、母は救急箱を取り出してきて、店の中で優弥の手当を始めた。数人の客も、母のそういった面を知っている常連だったので、むしろ笑みを浮かべながらその様子を見守っていた。
「おお、優弥。ちっとは男らしい顔になってるじゃねえか」
冷やかしてきたのは、キジという壮年の男だった。いくらか広くなった額。彫りの深い顔。どこかに影のある眼。なんでも、優弥の父親との昔なじみらしい。
物心つく前から優弥を可愛がってくれ、親戚以上に親身になってくれる人だ。
母は目をつり上げ、
「やめてください。この子は、男だなんだって生き方とは縁がないんです」
「縁ってやつは、望まなくてもできちまうもんさ」
「ふざけないで。この子は、あの人とは違うんです」
「そりゃ違うさ。けど、同じでもある。男ってのは、そういうもんだ」
キジの話しぶりに、優弥は興味を惹かれた。父がどう生きていたのか。温室の中では聞けない話が、彼の口からなら聞けるかもしれない。そう思うと、傷に触れる消毒液の刺激を忘れてしまうほどだった。
「おじさん。父さんって、どんな人だったの?」
一通りの手当が終わり、母が店の奥に救急箱を片付けに行ったとき、ふと尋ねた。
キジは一瞬苦い顔をしたが、もう二十歳だもんな、と呟くと、
「今度、お袋さんがいないときにな」
どこか諦めに似た色を浮かべ、笑った。
最初のコメントを投稿しよう!