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キジから連絡があったのは、三日後だった。夜、指定されたバーに行くと、カウンターでキジがバーテンと二人で静かに話していた。
優弥が入ってきたことに気づくと、
「あれが、例の忘れ形見さ」
キジがバーテンに言った。枯れ木のようなバーテンはちらりと優弥を見て頷くと、新しいグラスをキジの隣の席に置いた。そこに座れということらしい。
キジの隣に座ると、バーテンが注文も聞かずに、グラスに褐色の液体を注いできた。どうやら、ウイスキーらしい。
「これは?」
「ワイルド・ターキー。親父さんが好きだった酒だ」
「なぜ、僕に?」
「そいつを飲むだけで、分かることがある。そう思った」
一口飲むと、優弥は咳き込んだ。喉が灼け、胃の底が燃えるように熱い。その様子を、キジは微笑みながら見守っていた。
「本当は、墓場まで持って行くつもりだったんだ。お前の親父さんのこと。けど、知るべきだと思ったんだ。てめえの血が、どういうものかってことは」
「悪い人だったんだ、父さん」
「明るい世界の人じゃなかった。けど、外道じゃなかったよ。ちゃんと筋を通して、男らしく生きてた。ただ、そのせいで長生きはできなかったがな」
父を敵視する連中の仕業。キジは憤怒に似た感情を時折見せながら、父の本当の死因を語ってくれた。
「だから母さんは、俺が危ないことに関わるのを嫌がるんだ」
「ちょっと間違えれば、親父さんと同じ道を歩こうとする。そんな気がしてるらしい」
考えすぎだ。笑おうとしたが、できなかった。腫れた頬が痛む。
あの夜、自分を突き動かした苛立ち。もしかしたら、あれが父から受け継いだ血なのかもしれない。
「もしかしたら、教えてやった方が安心だと、俺は思った」
「別に変なことはしないよ。ただ、男らしく生きたいとは思った。母さんに守られるような、そんな生き方はしたくない」
それだけ聞くと、キジは嬉しそうに笑い、立ち上がった。勘定を済ませると、先に出て行ってしまった。
お袋さんを悲しませるな。それだけ気をつけりゃ、大丈夫さ。
残された優弥は、ちびちびと酒を飲んでいく。舌がひりつき、喉が火傷したようになる。その全ての痛みが、父の言葉のように思えた。
飲み干し、店を出た。ゆっくりと酔いが回ってくる。微睡みの中にいる気分で、夜の街を歩く。足取りだけは確かだ。人のいない路地を選んで歩いていると、暗がりの中に、父親の背中が陽炎のようになって見えた。そんな、気がした。
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