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気まぐれ
俺の家には、幽霊がいる。
山手線沿線上の某駅から住宅街へ。ラブホ街というイメージの強いこの町は住んでみるとそうでもない。そうした雰囲気は駅の周辺であって、過ぎればただの静かな住宅が広がっている。
案外一人暮らしの学生も多く、コンビニ事情も悪くはない。アクセスの良さもあって、イメージよりはずっと気楽な町だ。
俺の住まいは駅の東側を更に向かい、アパートやマンションの多い場所の一角。会社が持っている社宅の一室だ。
AV関係の人間が住んでいる単身者用の社宅は1Kと手頃だ。ほぼ寝るだけで生活実態なんてほぼないようなものだから、軽く何か作れるキッチンと、シャワーがあれば十分。
家賃はこの辺の家賃相場よりもほんの少し安い7万5千円。
だが、俺の部屋だけは家賃3万円だ。
いわゆる、事故物件というやつだ。
俺がゲイビ専門のAV男優を始めた時に、会社から紹介された部屋の中にあった。隠すみたいに。
間取りは他の部屋と変わらない洋室。設備も変わらない。だが備考欄にはっきりと『事故物件(病死)』『心理的瑕疵あり』と明記されている。
ここにするから内見がしたいと申し出れば、随分と渋られた。なんでも、出るとのこと。それで住人がいつかないそうだ。
だが、俺は気にしないからと頼んで内見をした。
綺麗なフローリングで、室内も暗いわけではない。空気も悪くはない。が、明らかに部屋の中に異質なものがある。床からにょっきりと首を出す幽霊がいた。
が、これも悪い感じはない。少なくとも敵意を持っているわけではない。玄関が開いてこちらを見たが、色は大分薄くなっていたし、これといって強い感情も見せない。
これなら、お互いスルーでいけるだろう。そう思い、契約した。
こいつの妙な所は、どうやら事故自体は20年も前の出来事で、最近の事ではないらしい。
普通こういう備考は間に一人契約者がいれば消しても良いとされている。その為、この手の物件を生活実態を伴わなくてもいいから借りてもらうという裏バイトのようなものまで存在する。管理会社としては少しでも綺麗にしたいわけだ。
それでも残してあるということは会社の善意か、あるいは分かって借りてるんだから苦情は受け付けないということか。おそらく後者だろう。
仕事帰り、食べて飲んで帰って来てもまだ飲み足りなくて途中のコンビニでビールを買足し、俺は帰宅した。
「ただいま」
玄関開けて直ぐのスイッチを押して電気をつけると、半透明な床首くんがこちらを見ている。表情はないのだが、なんとなく出迎えてくれている感じもあるので俺は挨拶をするようになっていた。
靴を脱いで手洗いなんかを終えて、キッチンに置きっぱなしのコンビニ袋をローテーブルに置く。床首くんがいて、テーブルがあって、向かい合うように俺はいつも座っている。なんとなくそこにいるのに、その頭の上にテーブルを置くのは忍びなかった。
プルトップを開けて煽るように大きく飲み込むと、胃の中で炭酸がシワシワいっている感じがする。一緒に買ってきた冷凍枝豆をレンチンして皿に乗せると、それを摘まみながらまた飲み出した。
「聞いてよ、床首くん。最近当たりが悪いんだ」
そうして毎度のように、俺は感情のない床首くんに向かって仕事の愚痴を言い始めた。
「別にさ、新人だから嫌だってわけじゃないんだけれどね。読モ崩れとか、一時もてはやされた若手俳優とかがとにかく多いんだ。それが悪いってわけじゃないよ? でも、覚悟もないのにこういう世界に飛び込むってのは、どうなんだろうな」
1缶目を簡単に空けて、2缶目。俺は仕事仲間にも言わない愚痴を床首くんにだけは言う。
ここ最近、俺は仕事の当たりが悪い。それというのも先に述べたような感じの男優に当る事が多いのだ。
俺はタチ専でやっているし、業界でもそれで通っている。が、相手がいる話で、なんなら相手の方がメインくらいだ。
新人だから嫌なんじゃない。そういう相手をきっちり気持ち良くしてやるのが俺の仕事でテクでもある。緊張しているなら会話で解して少しずつ気持ちいいことを教えていく。わりと定評があるんだ。
だが、ノンケでそういう趣向も興味もないのにこの業界に飛び込む奴がいる。いや、飛び込まざるを得ない奴らか。
セクシャリティに関して多少寛容になり始めたからか、ゲイビも前より大っぴらになりつつある。需要が増えたと言えばいいだろう。
素人物も好まれるらしく、最近そんなのが多い。
初物というのは初々しくて可愛い一方、準備などに関しては手間がかかる。この業界で長い受け手の男優ならそれほど苦もなく緩まるが、新品は硬いし感覚に馴れていないからとにかくしんどい。事前準備からしなければならないし、カメラが回っていない所でもケアする事が多い。
それ自体はいい、俺にも新人時代があって先輩達の世話になった。そういう奴だって、これからこの業界で飯を食っていくんだという気持ちと覚悟でいてくれるなら、俺は喜んで育てるつもりでいる。
が、最近の奴らはいざとなったら「やっぱ無理です! やめてください!」と喚き出す。暴れて蹴られて撮影はストップ。泣き出してどうにもならずに撮影自体が終わる事もある。
俺としては蹴られたくらいで経済的な打撃はない。が、1日がかりとか、半日がかりとかの仕事がまるまるなくなるというのは、精神的に疲弊が激しい。
「そういえば、床首くんも男優だった? 案外可愛い顔してるよね。色薄くて分かんないけど、顔立ちはけっこう俺好みだよ」
床から生えている生首くんは、よく見れば可愛い顔をしている。
小さな頭にふっくらと頬が柔らかそうで、目はくりっと大きめな可愛らしい顔立ち。ショートボブくらいの髪で、柔らかそうな唇をしているのだ。
幽霊は大抵、死んだ時の姿で出てくる事が多い。これが彼の死んだ時の姿なら、きっと発見も早くて綺麗なままだったのだろう。
「欲求不満だよ、最近。仕事しに行って半分仕事にならずに戻るんだからさ」
それでも今日の子はまだ頑張った。最終的に受け入れたのだ。ぎこちないし、硬いし、ちょっとチンコ痛かったけれど最終的には及第点だ。
それでもその後、その子がこの業界に残るかは分からないだろう。
気づけばビールの缶がそこらに5本以上転がっている。つまみの枝豆はとっくになくなっていた。
僅かに浮いたような頭は満たされない欲求を強く訴え始める。仕事柄もあるが、わりと性欲は強い方だ。飲んで使い物になるかは分からないが、とにかくこのくさくさする気分をどうにかしたかった。
ふと見れば、目の前にはわりと好みの顔をした床首くんがいる。彼もまた食い入るようにこちらを見ている気がする。俺はローテーブルを雑に避けて、床首くんの前に座った。
「慰めて欲しいな、床首くん」
半分以上は冗談。ほんの少し、願望。
見せつけるように目の前でズボンのファスナーを降ろして前を開けた。視線を強く感じる。そして突如、床首くんが床の上をこちらに向かって滑るように近づいてきた。
「お?」
本当に、咥えてくれるつもりだろうか?
試しに下着の穴からモノだけ出してみると、床首くんは可愛らしい唇を開ける。その顔は幽霊で、虚ろなはずなのに妙に艶めかしかった。
ちょっと、ドキドキした。背徳感のようなものがある。こういう存在に欲望をぶつける事はいけないのだと、俺のなけなしの理性が言っている。
それでも俺は今、この愛らしい口に自分のモノを突っ込む事しか考えていない。ズボンを脱いで下着を下ろしてちょんと唇に触れると、そこかゾワリと冷たいものに包まれた感じがあった。
「お! おぉ?」
唇に触れた俺のモノを、床首くんは素直に受け入れていく。冷たいが、肉感があった。俺は見えるだけじゃなく、人と場合によっては会話もできるし、触れる事もできる。子供の頃からで、霊能者をしている祖母について修行みたいなこともしたからかもしれないが。
床首くんの口の中はひんやりしているが、柔らかくてよく吸い付く。舌が優しく筋を撫で、唾液を嚥下するような様子を見せる時には先端が口内に擦られる。
正直、今日相手をした子よりもずっと上手い。熱がないのが惜しい。冷たいのに、腰が揺れてしまう。
手を伸ばして、俺は床首くんの髪に触れた。頭を撫でると床首くんはこちらを上目遣いに見上げてきて、大きな目からぽろりと涙が零れた。
「上手だね、床首くん。とても気持ちいいよ」
撫でながら伝えると嬉しいのか、床首くんは俺の手にすり寄る。そして僅かに上下する動きを見せ始めた。
「お? あっ、それいい」
頬の内側の柔らかな肉に先の方が当る。舌が先端や筋をなぞっていく。窄めた唇が全体を刺激し、喉の奥の少し硬い部分が擦れていく。
背に、腰に、痺れのようなものが走った。身震いするような感覚に俺の欲望は膨らむ。冷たいはずの床首くんの口の中で、俺は自分のモノを滾らせている。透けている彼の口の中は俺からも見えるのだ。喉奥にあたる部分でいきり立つ自分のモノを見るのは、とても妙な感じがした。
「くっ……出そう…………床首くん、口離してっ」
高まる射精感に俺は床首くんの頭を撫でたが、床首くんは嫌がるように更に奥へと俺を咥える。根元までねじ込んで苦しそうなのに離そうとしない姿は愛しさすら感じて、涙を零しながらも健気にしている色っぽさに見とれて、堪えきれずにイッた。
幽霊の中に出したらどうなるのか。一瞬思ったのだが、床首くんは飲み込んでいる。不思議で、確かに出ているのに床には痕跡が残らない。飲み込まれたみたいに途中で消えている。
荒い息を吐いて、俺は脱力だ。けっこう疲れた。でも、こんなに頑張ってくれた床首くんも労いたい。息を少し整えて床首くんの中から抜き去ると、柔らかく感じる髪をそっと撫でた。
「苦しかっただろ? そんな無茶しなくてよかったのに」
伝えたら、床首くんはスリスリと俺の手にすり寄ってくる。可愛い顔でこんな事をされると愛しさがこみ上げてきて、俺はキスしたいような気がするが……流石にちょっと角度的に辛い。その代わりにと、俺は床首くんのつむじの辺りにキスをした。
「有り難う。凄く気持ち良かったよ」
立ち上がり、コップを一つ持ってきて、そこに冷たいミネラルウォーターを注いで側に置いた。
「飲んで。俺はこれで寝るから」
自分も新しいコップに水を入れて一気に飲み干す。そして側にあるベッドにスッキリとした気分で潜り込んだ。
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