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『おそらからおっこちてくるの? ながれぼしみたいに?』
いつかの言葉が、耳の奥でそっと木霊した。
いつもの軽い喧嘩だった。それがどうしてこんなことになったんだろう。売り言葉に買い言葉。あんたなんか嫌い。奇遇ね私も大嫌い。伝わらないことがもどかしくてもどかしくて、言葉がどんどんキツくなって。もうだんだん、自分が何を言っているのかもわからなくなって。
「私、いなければよかったのにね!」
頭が冷えたのはその瞬間だった。妹の涙をこらえた声。そのまま飛び出した妹へ、伸ばした手は宙を掻いた。馬鹿、こんな夜中にどこへ行くつもりなの、あんたスマホも持っていってないのにどうするの。思い立ったらすぐ行動で、後のことを考えないから後で何かが足りなくなって、あんたはいつもそうで、そんなあんたの、一番に走っていけるところが私はかっこいいと思ってて、だからあんたの分まで私が荷物を抱えて走ってあげなきゃって思ってるのに。
冷えた頭が熱を持ちながら酷く忙しく回転していく。スマホはいつも机の上。泣いていたからハンカチも。あとは、あとは、もういいや。日付変わるまでには帰るからって叫んで、家を飛び出した。
あの子は辛い時、悲しい時、いつも近くの公園のブランコに座ってる。いい加減高校生なんだから、カフェでもなんでも行けばいいのに、いつだって、家から離れすぎることもできないまま、ブランコを漕いでいる。
玄関のドアを乱暴に開けて、走り出して、目に入ったのは暗い夜の空。星がちかちかと瞬く、夏の空。
『おほしさまがおっこちて、いもうとになるんだ。ふしぎだねえ』
また、いつかの声がする。私が小さかった頃、あの子が産まれる前の、私の声。今日みたいにちかちか光る星のどれが妹なんだろうなんて、星をひとつひとつ追っかけた、あの日。
『ねえ、まってるよ。わたしはおねえちゃんだから、おきにいりのおもちゃもかしてあげる。おやつもちゃんとはんぶんこするよ。だから、だから』
はやく、おいでね。
私の元に。早く、早く、産まれておいで。
あれだけ待ち焦がれたちいさないのち。ようやく顔が見れた時、一番に思ったのは、やっと会えたってことだった。そのちいさなからだを抱き抱えた時、胸にあふれたあたたかいもの。
私が一生、この子の姉なんだって。
そんな、大事な、産まれる前から待ち焦がれていたあんたのこと、産まれてこなければよかったなんて、いなければよかったなんて、思うわけがないでしょう。
「……お姉ちゃん?」
ブランコを漕いでいる足が止まって、困ったようにこちらを見やった。やっぱりここにいたって、安心する。
「スマホ、持ってきた。泣いてたでしょ、ハンカチ」
「……ありがと……」
妹の方も、少し頭が冷えたらしい。戸惑ったような、困ったような、恥ずかしいような。私も同じだから、どうしていいかわからない。
「……お姉ちゃん、ごめん。言いすぎた。お姉ちゃんは私のこと、考えてくれてたんだよね」
ぽつり。妹がこちらを見て呟いた。また、先に言われたって思う。ずるい。お互い同じくらい、どうしていいのかわからないはずなのに、先に謝ってしまえるのだから、この子はずるくてやっぱりすごい。
「私も、言いすぎてごめん。あんたの話、もっと聞くべきだった」
先を取られたから、ずいぶん素直に謝ることができる。ほっとした空気が流れて、でも私はまだ言わなきゃいけないことがある。
「あのさ」
「うん、なぁに」
「……大事な大事な、たった一人の妹なのに、いなければよかったなんて、思うわけないでしょ」
「……うん、ごめんね」
「違う、私がごめんなの。そんなこと、思わせてごめん」
なんだ、そんなこと。気にしてないよ。けらけらと妹が笑う。もう終わりね、おあいこね。そう言ってごめん大会をあっさり終わらせてしまうから、やっぱり妹はずるくてすごい。
「……近くの自販機で、なにか飲んでいく?」
「えっ、奢ってくれるの、やったぁ。私ちょうど喉渇いてた」
「あ、」
「あ?」
「財布忘れた」
「忘れたの!?」
スマホは持ってきてくれてるのにさぁ。手に持ったままのスマホを受け取って、妹がけらけら笑う。お姉ちゃんは肝心なとこで抜けてるよね、なんて、なんて失礼なやつ。
「あ、私五百円玉持ってる! 今日は私が奢ってあげるよ」
「いいの? じゃあスマホでお母さんたちに連絡しといて」
「はーい。って、お姉ちゃん自分のスマホも持ってきてないじゃん」
せっかくだからコンビニまで行こうか、そう提案すれば、妹はいいね! と笑って、何を買おうかなぁなんて、食べたいものを連ね始める。
コンビニで何を買うか、そんなことで延々迷って、夜の空を眺めながら、星座を探して遊んでいたら、帰りが遅くなって、結局母に叱られたのは、別の話だ。
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