2[完]

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2[完]

 翔吾はベッドの中で静かに泣いていた。  約5年前、父の哲夫が死んでからベッドは、寝るためと泣くための場になっていた。夜な夜な、大好きだった父の声が聞こえてくるようで自然と涙が溢れてくるのだ。その涙は悲しみからできていた。  しかし、翔吾が今夜泣いているのは決して悲しいからではなかった。頬をゆっくり伝う涙には悔しさと怒りが込められていた。  原因は、父との喧嘩にある。父とはいっても、哲夫ではない。哲夫の死を機に、何食わぬ顔で母の愛理に近づいた前田郁人だった。前田は哲夫の仕事場の同僚だった。それを理由に母に近づき、たぶらかしたのだ。心を病んでいた母は騙されて、おかげで翔吾の苗字は照屋から前田となった。  唯一翔吾の救いだったのは、愛理の再婚後に産まれた真由だった。念願の妹が産まれたのだ。前田が現れる前に妊娠が発覚したから哲夫の子ではあると思う。なにより母の愛理がそう教えてくれたので翔吾は信じた。父が最期に残してくれた宝物を全力で守るのだと翔吾は神と父に誓った。  そう誓ったのに、真由を守ることができなかった。前田はまだ4歳の真由にビンタしたのだ。翔吾は激怒して、何故叩いたのだと問い詰めた。前田は言うことを聞かなかったからだといった。どんな理由であろうと翔吾は怒りをぶつけるつもりだったので、彼はさらに責め立てた。前田も方も火がつき、とうとう翔吾を殴った。それが翔吾の怒りを頂点にまで持っていった。彼は禁断の台詞を口にした。 「お前が父さんを殺したんだ。周りはまだ犯人が捕まらないって言ってるけど、俺には分かる。父さんを轢いたのはお前だ。お前は母さんのことが好きだったから、父さんのことが憎かったんだ。だから父さんを殺したんだ」  家庭を崩壊させるには十分すぎる発言だった。一気にして張り詰めた空気が完成された。嗚咽混じりに吐き出された愛理の泣き声は、その空気に一層拍車をかけた。父の哲夫が築き上げてきた幸せは、もうここにはないのだと悟った。  そんな絶望的な中だった。何故唐突に真由があんなことを言い出したのか。あの場にいた誰もが、あまりにも素っ頓狂すぎる真由の発言に、不気味ささえも感じたのだ。 「違うよぉ。ミジンコなのはパパじゃなくて、ママの方なんだよぉ」
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