タンポポ畑にバラは咲かない

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翌日、授業が終わり、大学構内を歩いていると向かいに恵那の姿が見えた。私と目が合うと大きく手を振ってこちらに駆け寄って来た。ヒールの音が徐々に大きくなる。 「彩子せんぱーい!」 恵那がそばで立ち止まったとき、いつものかすかなシャンプーの匂いではなく嗅ぎなれた香水の匂いがした。おそらく私の手首からも同じ匂いがする。 「授業終わりですか?駅まで一緒に行きましょ!」 思わず固まる私に背を向け、前を歩く恵那の背中に問いかける。 「ねえ、香水、変えた?」 「気付きますか?変えたっていうか、初めて付けたんですけどね。彩子先輩と同じやつです!」 「そうなんだ…」 今度は自分の目線の違いに気が付く。恵那の肩の位置ってこんなに高かった?そういえばさっき、自分のではないヒールの音がした。恐る恐る恵那の足元を見るとまだ傷一つない真新しいパンプス。心臓が跳ねた。気分が悪い。 「でもやっぱり彩子先輩の真似しても似合わなくて、実はちょっと恥ずかしいです。」 足が動かず俯いていた私はその言葉で我に返る。先程までの気分の悪さを無理やり押し込め、恵那に駆け寄った。 「えー!そんなことないよ。でも確かに恵那にもっと似合うやつはありそう。今度一緒に買い物行こう。」 そう言うと恵那はパッと明るく笑って振り向いた。 「本当ですか!嬉しい!」 私の手を取って喜ぶ恵那を見ながら小さく深呼吸した。大丈夫。まだ大丈夫。買い物に行ったら私とは真逆の香水と靴を見繕って、気に入ってもらえば大丈夫。まだ間に合う。そのとき、恵那が私の背中越しに叫んだ。 「裕太郎ー!」 また心臓が跳ねた。今度は高揚感で。 私の手を離し、彼の方に歩く恵那を目で追う。その先に裕太郎くんがいた。軽く片手をあげて挨拶をする。恵那に続いて裕太郎くんの方へ歩幅を進めた時、彼は言った。 「最近、キレイになった?」 思わず歩みを止めた。聞き間違いかと思った。私への言葉ではない。彼は目の前にいる恵那に言ったのだ。私と同じ香水を付けて、私の真似をしてパンプスを履いたという恵那に。 急に私が履くパンプスが古ぼけて見えた。また、まただ。この感覚。気持ちの悪さが限界だった。今朝は履くのが楽しみだったこのパンプスも、お気に入りだった香水も、全て捨てたい。照れくさそうに話をしている恵那に背を向けて走った。そのまま化粧室へ駆け込み、手を洗う。ハンドソープを使い手首を入念に擦った。洗っては嗅いで、洗っては嗅いで、染みついた臭いを消すまで擦り続けた。 「はあ…」 何十回とその動作を繰り返し、真っ赤になった手首を視界に入れながら思わずため息を吐いた。タンポポ以外は摘まなきゃいけない。 スマホを見ると恵那からメッセージが入っていた。 『今どこですか?』 数秒画面を見つめるがとても今は会う気になれない。それどころかもう一生会いたくない。そう思いながら返信をして、化粧室を後にした。 『ごめん、体調悪いから先に帰るね。ところで買い物の日、いつにする?』
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