タンポポ畑にバラは咲かない

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『最近大学で優奈さん見た人いる?』 聞き慣れたバイブ音と共にスマホ画面に表示された一言。それを横目に食パンを齧る。学部内のSNSでの通知だった。そこから1つ、また1つと通知が溜まっていく。後でまとめて読めばいいや、と思い通知を切って画面を伏せた。最後の一口の紅茶を飲み、私はそのまま寝室に向かった。先程まで眠っていたベッドでもなく、数種類の化粧品が並ぶドレッサーでもなく、取っ手部分をチェーンでぐるぐるに巻かれ、さらに南京錠が付いているクローゼット前で足を止める。鍵を開け中を確認すると、水気を含んだタオルを口に挟み、恨めしそうな目で私を見つめる女がいた。数秒だけ目を合わし、にっこり笑って見せる。 「じゃあいってきますね、優奈さん。」 そう声を掛けて、再度チェーンを巻き施錠した。 「彩子先輩!」 大学に着いて教室へ向かっていると名前を呼ばれた。振り向くと、学部の後輩である恵那がこちらに駆け寄って来ていた。すぐそばで立ち止まったとき彼女のショートボブが少し揺れて、シャンプーの匂いがほのかに香る。 「2限の授業同じですよね?一緒に行きましょ!」 「うん、一緒に行こうか。」 私は彼女と肩を並べて授業へ向かった。私が履くヒール音と、彼女が履くスニーカーの摩擦音が廊下に響く。その中でわずかに聞こえてくる周囲の話し声。彼女もその声が聞こえたのか、私の耳元で囁いた。 「彩子先輩と歩いていると、いつも視線浴びちゃいます。」 「なあにそれ。」 クスクスと笑うと彼女はそのまま話を続ける。 「頭の先から足の先まで完璧ですもん。いつもいい匂いですし。私の周りの男、みんな彩子先輩のこと狙ってますよ。」 「恵那の周りは優しい人が多いんだね。」 「またまた~。謙遜しないでくださいよ。」 教室に入り、空いている席に座る。その後授業が始まり、私はさっきの彼女の言葉を思い返した。謙遜はしていない。相応の努力はしているつもりだから。月に一度は必ず美容院に行き、両手足のネイル変更も定期的に行う。雑誌を筆頭にその他SNS上で話題になるコスメと服の購入は絶対に欠かさない。個性なんていらない。もしタンポポ畑にバラが咲いたら珍しい、綺麗だ、と周りから注目されるだろう。でもそんな当たり前の存在では意味がない。タンポポ畑にいるにはタンポポでなくてはならない。大事なのはその中でいかに美しくいるか、だ。
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