主成分『恋』

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「お疲れ様デース」 「はい、お疲れー」 定時過ぎ、後輩たちを見送った後、まだ残っている書類に手を伸ばした。 そういえば、彼氏とアスター5って言っていたっけ? 私には無縁な言葉だなぁ。 カタカタ、と静かな部屋にキーボードの音を響かせながら PCに必須項目をひたすら入力していく。 私の悪い癖は没頭すると周りが見えない。 だから、呼ばれていることにも全く気づかなかった。 「――さん、武藤せんぱーい」 「?!」 「あ、ようやく気づいてくれましたか。お疲れ様です。」 「そちらこそ、お疲れ。松原くん。」 缶コーヒーを両手に1日の疲れを見せない笑顔で労いの声を掛けてくれる。 その片方を差し出してくれ、礼をいいつつ受け取る。 アイスコーヒーの冷たさが心地よい。 カシュ、と音を立て開けると一口飲む。 疲れた脳にはこの甘いコーヒーが染み渡る。 「他の子たちは?一緒にやらないんですか?」 「帰ったよー。彼氏と用事があるとかナントカ」 「それで武藤さんがまとめてやる、と? お人好しですね」 「まあ、家に帰ってもやることないしねぇ。でも、終わるかぁ」 生憎と後ろの予定がないものだから、ついつい仕事に手を伸ばしてしまう。 明日でも間に合う仕事でも、途中で終わるのが気持ち悪くて キリの良いところまで作業をしてしまうのだ。よく上司に怒られる。 今時にはその姿勢は良くない、と。なかなか習慣は変えられない物だと苦笑を零す。 まあ、今日はこのぐらいでもいいか。 自分の中で区切りを付けてしまえば、やる気スイッチはすぐに切れる。 両手を上へと伸ばし、背伸びをする。 前屈みになって窮屈になっていた体の細胞がノビによって悲鳴を上げるのが分かる。 背伸びだけだがとても気持ち良い。首、肩も結構凝ってるなぁ。 肩を摩っていると、松原くんが小さく笑いだした。 その小声に視線を向けるとバツが悪そうに眉を下げた。 「すみません。休日のお父さん、みたいだなぁって」
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