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「おはようございます」
「おはよう。奏」
笑顔で迎え入れてくれた大槻優里は「どうぞ」と私を部屋へ促す。
視線の先の小さなテーブルには、私の到着を待っていたかのように大きな紺色の箱が置かれていた。斜めに掛けられた赤いリボンをほどいて、包みを傷めないようそっと蓋を開ける。
緩衝材に守られていたのは白色のリネンのワンピースに、淡い水色のカーディガン。
触れるとワンピースの生地からはしっとりとした軟らかさが感じられる。カーディガンはボタンが一つ一つ違うもので、それはまるで宝飾品のように美しかった。
今年で、最後。
これで、最後。
薄桃色のフレアのスカート。
紺色のジーンズ。
アイボリーのニットのセーター。
深緑色と茶色のチェック柄のアンゴラのマフラー。
深紅のベロアのワンピース。
一年ごとに成長する娘の為に箱に収められた贈り物。
私はシャツのボタンを外し、ジーンズを脱ぐ。
ワンピースに体を通し、最後にカーディガンを羽織った。
『誕生日おめでとう』
思い出されるのは少し低くてくぐもった、ぶっきらぼうな口調。
でも、私は知っている。それがどれだけ優しい声かを。
身を包むそれらはゆるやかに収束する光のようで、目を瞑れば容易く会えてしまいそうな気持ちにさせる。
一穂さん。
愛しい人を呼ぶように、私は心の中で囁いた。
「よく似合ってる」
玄関先で見送る優里さんは、迎えの時とは違う色の笑みを私に向ける。
その言葉に会釈で返したのは、何かが零れ落ちないようにする為かもしれない。私はその優しい眼差しにそっと背を向けた。
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