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「女の子だってさ、俺の子」
一穂さんは、病室でスケッチブックを手にしながら笑みを作った。化学療法と緩和療法を組合わせ、一穂さんは残りの時間を過ごしていた。
私が来ている時にはそんな素振りを見せないが、身体も心も、辛くない訳がない。
きっと優里さんの妊娠が、産まれてくる新しい命が、一穂さんの生きる力を支えている。
「優里さんに似るといいですね」
言うようになったなと振り上げられたスケッチブックを私は指差す。
「前から気になってたんですけど、それ何ですか?」
「お、見てみるか?」
優里にも見せてないから内緒だぞと約束を付け加えて渡されたそれには、子供用のワンピースのデザインが描かれていた。
「…可愛い」
「だろ?ほら、俺は産まれてくる子には会えないからさぁ…」
会いたいよなぁ。
続く言葉はその眼差しに滲んでいる。
「だから誕生日プレゼント用意しといてやるんだ。俺の仕事も伝えられるし一石二鳥だろ?」
なんでもないように話される言葉は、端々に哀しみを帯びている。私はそれに気付かない振りをして、スケッチブックに視線を落とす。
「きっと、いや、絶対。喜びますよ」
「お前にしては素直じゃん」
一穂さんはこうして残された時間を、優里さんと、産まれてくる娘の為に捧げた。私はその様子をもしかしたら、優里さんよりも傍で見ていたのかもしれない。
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