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気がついた時。
私は白い部屋で、手術台のようなベッドに縛り付けられていた。
周囲を白装束にゴーグルのようなものをつけた、外科医のような人達が取り囲んでいる。
「だ、誰!?此処は何処!?あんた達、なんなのよ!!」
慌てて叫んで抵抗しようとするも、全身ベルトで縛られていてはどうにもならない。やがて、白装束の一人がくぐもった声で返事をした。
「我々は、流れ星型観測機の通報を受けて、貴女を此処にお連れしたものです」
「え」
「この国の皆さんが流れ星だと思っているもののほとんどは、我々が宇宙に打ち上げて流れ星を再現している観測機の光。これは、世界各国の政府が数年前から始めたプロジェクト。我々は、その観測機を使って、空の彼方から皆さんを監視しております。人の不幸を願った者の悪意を感知し、その者を再教育するのが我々の仕事なのです」
「え、え?」
再教育?何それ?
言うべき言葉はいくらでもあるはずなのに、私の喉はまともな音を発してくれない。あまりにも突飛すぎる話であるからだ。
そんな馬鹿げたことがあるか。言論の、思想の自由は何処に行ったんだ。そんなことなどあるわけない、あっていいはずがない――きっといつもの私ならそう叫んでいたことだろう。自分自身がまさに拘束され、何らかの処置を受けようとしている状況でない限りは。
「我々は世界平和を実現するため、最も取り除くべきものが何であるのかを知りました。それは、人の悪意。人の不幸を望むような人間は、大きな争いや犯罪の火種となる前に再教育し、その芽をつむのが最良なのです。故に我々は、人の悪意を感知する装置を発明し、皆さんの監視を続けてきました。鈴木風和里さん。貴女はその規定に抵触しましたので、今から再教育を施させて頂きます」
「さ、再教育って」
「もう二度と人の不幸を臨んだりしないように、脳に装置を埋め込んだ後で洗脳教育のビデオを十二時間見て頂きます。そうすることで、世界を汚染する悪意は浄化され、貴女はまともな一人の人間として生まれ変わることができるのですよ」
その後にちゃんと帰してさしあげますので、ご安心くださいね。白装束は今夜の晩御飯でも語るように、あっさりとした口調で言う。
私は青ざめた。そんなことをされたら私の心は、意思はどうなる。何故、あのゴミ女を潰して欲しいと流れ星に祈っただけで、こんなことをされなければいけないのだ。悪いのは自分じゃない。自分を苛立たせるあの気持ち悪い女とあの女が描く作品。自分なんかよりあの女を評価する、社会の方だというのに!
「い、嫌よ!なんで私がこんな目に遭わないといけないの!私は悪くないじゃない、悪いのはあいつじゃない!あいつが私を苛立たせるからいけないのになんで、なんであいつが!あいつの方こそ教育されるべきじゃないの、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでええええ!!」
パニックになり、叫んでも誰も賛同してくれない。私の味方は、此処には一人もいない。
まるでとどめを刺すように。注射器を取り出しながら、白装束が告げたのだった。
「大丈夫です。目が覚めたら、貴女は今話したことも、以前の自分の悪意も全部忘れているので、何も問題はありませんよ。これで、世界の平和は保たれます。良かったですね」
注射針の小さな痛みと共に、ぐにゃりと曲がる景色。
私は悪くないのに。最後まで、思っていたのはそれだけだった。
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