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終幕
作戦を開始して、一年が経った頃、王太子殿下であるハインリヒと、公爵家の令嬢であるフランソワの婚約が正式に解消と相成った。
ハインリヒが、とうとう父である国王陛下の説得に成功したのである。
それもその筈。
目論見通り、ナツミを正妃に出来るかもしれないという希望を得たハインリヒはこれまでとは打って変わって死ぬ気で勉強に励んだ。
その間はナツミとは学校で私を含めて三人で会話をする程度しか会えなかったというのに、それでも我儘を言うことなく。
お陰で、ハインリヒの成績は凡そトップ3に入るレベルまで向上した。
また、これまでは私に任せきりだった外交についても力を入れ始めた。
国賓の顔名前好み等を覚え、自らもてなした。勿論そんなことすぐにできるわけはないから背後には私の教育があるのだが、それでも私がいなくても問題ない程度にまではなっている。
これはナツミと結婚したい旨を国王陛下に伝えてからの急成長であったため、国王陛下もナツミのお陰と考えざるを得なかっただろう。作戦通りである。元々ハインリヒが勉強を疎かにしてしまっていたことが、功を奏した形ではあるけれど。
ナツミもナツミで、多少――いや、かなりスパルタとなってしまった自覚のある私からの教育から逃げることなくこなしていた。
元々の資質もあって、私が想定していた通りすぐに私の背を追える程に急成長を遂げている。
力量としては勿論幼いころから教育を受けていたフランソワには敵わないけれど、ハインリヒのカバー分も含めれば、次第点まで持っていけている筈だ。
あと数ヶ月すれば、私の助けがなくとも大丈夫になるだろう。
婚約解消とほとんど同時に、ナツミがハインリヒの婚約者となった。戸籍上同公爵家の娘であったこと、そして婚約の時期よりもずっと前からまことしやかに噂されていたことから、大きな混乱はなかった。
「やっぱりそうだったんだ」「お似合いだものね」というような反応が殆どだったことに、ナツミはとても安心していて、そんな彼女を見た私も安堵したものだ。
勿論公爵家の没落や私の断罪などの私にとってのバッドエンドルートは回避した。何よりナツミが私のことを姉として慕ってくれている。
私自身の評価も、まずまずだ。
過去行っていた虐めは消えないが、婚約者を二人の愛のために譲った姿勢は、美談として持ち上げられているらしい。
◇ ◇
――そして、私とハインリヒの婚約が解消となって数日後、ガイランが数日振りに公爵家の屋敷を訪れた。
正装に身を包んで普段よりも少しかっちりとした印象を与える彼は、日頃と変わらず口を真一文字に結んでいる。
一重の瞳は少し憂い気に伏せられており、頬はほんのりと赤く彼自身の髪のようだ。
1年の間、ガイランは仕事でどうしても時間が作れないとき以外は殆どナツミの送り迎えをしてくれていた。
ナツミが私に気を利かせたのか、時折二人で話す機会もあったけれど、あの庭園で求婚予約?をしてくれたとき以来、結婚だなんだという話が出たことはなく。
意図的に避けていることは分かったし、私もハインリヒの婚約者という立場だったから、敢えて触れようともしなかった。
…1年が経って、ある程度親交を深められた気持ちではいる。
ガイランが実は甘いものが好きだという可愛すぎるところも、花を見たがる割には花の種類には疎いことも、感情移入しやすく感動ものの読み物はあまり見ないようにしていることも、普段は一人称は私なのに少し気が抜けると俺になっているところも――いろいろなところを知って、もっと好きになった。
けれど、ガイランの本心は分からない。いつまで私と結婚したいと思ってくれるのか、本当はどこかでずっと不安だった。
きっと、その答えを、ガイランは持ってきたのだろうと察すると、私は目の前に立つガイランに何か声を掛けることすら出来ないまま立ち尽くしていた。
「――フランソワ様」
「はい」
普段よりも少し固く掠れた声が私の名前を呼ぶ。
滅茶苦茶色っぽいな…と現実味なく考える傍ら、緊張で私の声も上擦ってしまった。恥ずかしい。
「本来この状況で掛ける言葉としては不適切とは重々承知しておりますが、私の想いもございますので、敢えて。……婚約解消、おめでとうございます」
「……ふふ。ありがとうございます」
婚約解消おめでとうだなんて、きっとガイランにしか言われないだろう。
つい面白くて笑ってしまう。
――そう、めでたいことなのだ。私はついに破滅でもなんでもなく、正しい道筋を追ってハインリヒと婚約解消することが出来たのだから。
「……この日を待ち侘びておりました」
ガイランがあの日のように片膝をつく。
差し出された手には、あの日とは違って小さい箱が乗せられている。
その中身が想像つかない程バカではない。自然と目に涙が溜まる。
「私と、結婚してください」
ぱかっ。
箱がガイランによって開かれ、その中に佇む幸福の輪が顔を出す。
美しく光を放つ宝石の眩さに目が眩んだのか、それともとうとう耐え切れずに零れ落ちる涙によって霞んだのか。
視界がぼやける中で言葉も発することができない私は、ただひたすら、何度も頷くのだった。
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