庭園デート

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庭園デート

――ほう、とガイランが息をつく。 ナツミが訪れたときよりも多く花が芽吹く庭園は、もう盛りを越そうというところだ。 最も美しいところを見せることができ、私は自然と笑顔になる。 こんな風にデート(仮)ができるなんて思ってもみなかった。 「ナツミから聞いていた通りです。美しいですね」 「ありがとうございます。この庭は、我が公爵邸の庭師が丹精込めて整えておりますの」 「ああ、――…素晴らしい腕です」 「ええ。このようにガイラン様とご一緒できて、嬉しいですわ」 つい浮かれてしまう。 「私」のときは勿論男性とデートしたこともあったけれど、フランソワとしてのデートの経験はないと等しい。 しかもこんなに好みの男性と。これ程幸せなことがあっていいのか、とフランソワになって初めて思う。 「…妹は――ナツミは、迷惑をかけてはいませんか」 「いえ、とんでもございません。とても優秀でいらして、すぐに私のことなど超えられると思いますわ」 「そうですか。フランソワ様にそのように言って頂き、ナツミも鼻が高いことでしょう」 ガイランが無表情のまま頷く。 既に虐めの噂が出回っているフランソワの評価が、どれ程ナツミの自慢となるのかは分からない。 正直、ガイランがどこまで把握していて、私のことをどう思っているのかも見当がつかなかった。 ナツミへの教育が始まってから、毎日顔を合わせはするが、こうして二人で話をすることは少ない。 あるにしても、ナツミがキリの良いところまで終えるのを待っている間に一言二言交える程度だ。 顔を合わせられるだけでも眼福だし、声を聞けるだけでもラッキーだけど。 「…ずっとお伺いしたかったのですが、フランソワ様は、これで宜しいのですか?」 「これで宜しい、とは……ハインリヒ王太子殿下と婚約解消し、その後の婚約者にナツミを立てることでしょうか?」 「はい」 ガイランの表情を見るが、変わらず無を携えていて何を考えているかは読み取ることが出来ない。 兄としては妹を取られた気分だろうが、グスマ男爵家にしてみたら、娘が公爵家の一員となり王家に入るのだからこんなに良い話はない。それが逆に怪しいと思っているのかもしれない。 それとも、ただ単に私のことを気遣ってくれているのか――都合の良い考えが浮かんでしまって、それを捨てるように強く目を瞑った。 そして、ゆっくりと瞼を持ち上げる。 「ナツミからお聞き及びかもしれませんが、元々私はハインリヒ王太子殿下をお慕いしていたわけではありません。勿論、今は良き友人と思っておりますし、そういった意味では悪く思っているわけではないですけれど」 「ですが、ハインリヒ王太子殿下以上の良縁はありません」 「…そうかもしれませんが、私にとって良縁とは、なにも家柄だけのことではないのです」 ガイランは意外そうな顔で私を見た。それはそうだ。 この世界では、良縁といえば第一に家柄だ。貴族社会だから当然だし、フランソワとしての記憶でもその認識がある。 けれど、「私」としては一番に重要なのはその相手自身と合うかどうか。そして、相手が好みかどうかだ。 どちらかといえば後者の方が自我が強いのは、多分上の立場の人から見放されたという気持ちがあるからだと思う。 「私は、相手がどういう方かを重視したいのです。それに、我が公爵家としても、娘となったナツミが王家に嫁いでくれるので問題はありませんわ」 「……そうですか。それでは、私にもチャンスを頂けませんか」 「え?――ガイラン様!?」 突然、ガイランが片膝をついた。 ガイランから手を差し出され、どうしたら良いのか迷っていると、ガイランが続けて言葉を紡ぐ。 「ハインリヒ王太子殿下とフランソワ様の婚約が正式に解消と相成ったときは――貴女に、求婚する権利を頂きたい。どうか、考えておいてはくれませんか」 「きゅ、求婚……」 「相応しくないのは重々承知しておりますが…、一目会ったときから、貴女に惹かれています」 ぼっ、と顔が熱くなる。絶対真っ赤になっている。 こんなことを好みの男性に言われて赤くならない人がいたら教えてほしいくらいだ。 ガイランの強い視線が私の心臓ごと射貫くようで、呼吸はもしかしたら止まっているんじゃないだろうか。 「……初めて会った日から、貴女はそのように期待させるような可愛らしい顔を見せて下さいますが……それは、俺の自惚れでしょうか」 自惚れなわけがない。 私はなんなら初見で本人に向かって理想的な男性と宣っているし、期待どころか私の想いは全てガイランのものだ。 自分でも震えていると分かる手を、ガイランが差し出した手に乗せる。 触れた瞬間、触れていることが当たり前なのだと思えるくらいにぴたっと震えが止まった。 「――今はまだ、お返事できませんが……それでも良ければ、お待ち頂けますか?」 「!……はい、勿論です」 手の甲に口付けられる。ナツミ、ちょっと、こんなに女性扱いに慣れてるなんて聞いてないんだけど本当にこの人親しい女性はいないの? この世界ではこういうのも挨拶みたいに普通のこと? フランソワは幼いころから婚約者が決まっていたから、こんなことをされた記憶はない。 唇がまだ肌に触れたままの状態で、ガイランが私の顔を見上げる。 そのまま口端が微かに上がって、微笑んだ彼に見つめられ――待って、かっこよすぎる。無理。犯罪。 「そのっ、…手、手を…お離し、下さい……」 赤い顔で散々どもりながら発した言葉に、ガイランはようやく手を離したかと思えばくすりと笑うのだった。 ――本当に無理です、勘弁してください。好き。
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