お詫びの品

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お詫びの品

「こ、こんな素敵なの受け取れません…!」 「いいえ!一度受け取ると仰ったのだから、女に二言はなしですわよ…!」 目の前で顔を真っ赤にするナツミは、私が用意したドレスを手にしながら往生際悪く顔を横へと振っている。 半ば強引に押し付けるようにしたそのドレスは、ナツミの凡その身体のサイズを想定して設えた彼女用のものだ。 多少の直しがあった方が良いだろうが、このままでも身に着けられる程度には近いサイズ感となっている筈である。 「そもそも、先日茶会で紅茶をかけてナツミ様のドレスを一着駄目にしたのは私ですのよ?そのお詫びにドレスを受け取るのは、自然なことではなくて?」 「う……で、ですが、この前のドレスは大量生産されたそう高くはないものです。これはオーダーメイドの一級品ではありませんか…!」 確かに、先日の茶会でナツミが着ていたのは、城下で安価に売られているドレスだ。 私ことフランソワは、安物でみっともないから柄を足してあげると嫌味を堂々と宣い、紅茶をぶっかけたのである。非道が過ぎる、フランソワ。 そのイメージを払拭するためなら、オーダーメイドのドレスくらい安いものだ。 そもそもお金は私の懐から出るわけではない。 親の脛をかじりまくって申し訳ないとは思うが、これも公爵家を没落させないための必要経費。 「私のお詫びの気持ちを、受け取って下さるのよね?」 「……うう…」 もう一押し。 私は先程までの少し強引な態度から一変、申し訳なさそうな表情を作った。 ナツミは戸惑った雰囲気を見せる。 「それに、これは私の行動が招いたことからナツミ様を守るためでもあるのです」 「え?…どういう…?」 公爵家の娘であるフランソワがナツミを虐めていた以上、ナツミとフランソワの間に当たる爵位の家柄の娘たちは、フランソワと同様にナツミへ虐めを働く可能性が高い。 それだけならまだいいが、それがゲーム内でフランソワがしたように取り返しのつかないくらいのものに発展した場合、取り巻きを扇動した責任を取らされるという事態もなくはない。 実際に虐めは行っていたわけだし。 そのためには、まずナツミへの虐めを発生させないようにしなくてはならない。 手っ取り早いのは、フランソワ自身がナツミを認める姿勢を見せること。 そうすれば、元々フランソワの意思を汲もうとした令嬢たちも手は出せない。 合わせて、私がしてきた虐め等の悪いイメージを少しでも軽減することが出来る。まさに一石二鳥。 「次の茶会では、是非これをお召しになって。ドレスの話題になったら、これは私に贈られたものだと言うのです。そうすれば、きっと心ない言葉を浴びせられることも、私を真似て紅茶をかけようとする者が出ることもない筈だわ」 貴族令嬢間のマナーとして、茶会で出会ってすぐお互いの髪型や化粧、服装について褒め合うというのがある。 ときとして嫌味の応酬となってしまうことも少なくないけれど、今回についてはきっとナツミのことを守る手立てになる筈だ。 「フランソワ様…」 「それに、このドレスはナツミ様に似合うと思ってご用意したのよ。受け取って下さらないのなら、捨ててしまうしか…」 ハンカチをわざとらしく目尻に当て弱々しく話すと、ナツミは焦った様子で私の両肩に手を添えた。 そして、とっても申し訳なさそうな顔で、声を絞り出す。 「……やっぱり、受け取れません…。頂くなら、もっと安いものを…」 高級なものを貰うのは確かにありがたいけど、自分のドレスとのあまりの差異に申し訳なさが勝ってしまって、けど公爵令嬢という上の立場の人からの好意を無碍にするわけにもいかずどうしたら良いのか、と思っているのが丸わかり。 「私が質の低いドレスを贈るということは、即ち公爵家の名誉を汚すということです」 「え?……あ…」 「それに、確かに私が駄目にしたドレスよりも高いものをご用意しましたが、それは私の発言によって損なわれた貴女の名誉を回復するために必要だからです。それから、今後、今までの私のような虐めをしようとする方がいたなら、私が貴女の盾になりますわ。これまでの私の行動による不利益なのだから、私が取り払うのが筋というもの」 そう話すと、ナツミは一考してから、ゆっくりと頷いた。 結局私がどうあっても引く心算がないことを感じたのだろう。それに、発言内容だって間違ってはいない筈。 これで、次回の茶会での虐めの防止とナツミとの新たな関係の構築はある程度完成したといってもいい。 その上で、私はナツミに確認しなくてはならないことがある。 「――ナツミ様」 「はい」 「これは、私の立場を考えずに答えてほしいのだけれど……ナツミ様は、ハインリヒ王太子殿下のことをどう思っていらっしゃるの?」 「……!」 びくり、とナツミの肩が揺れた。 怯えた瞳を見せるナツミは可哀相だけれど、こればっかりはナツミの口からきかなければならない。 ナツミの気持ちによって、今後どう動くべきかが変わる。 ナツミは私がプレイしていたゲームの通りならハインリヒルートを進んでいると思われるけれど、攻略対象は他にもいるし、他ルートは正直よく知らない。 逆は―ルートなんてものもあると聞いたから、ハインリヒと仲が良いことが他ルートに進んでいない証明にもならない。 「ハインリヒ王太子殿下に対しても、私に対しても、なにも気にせず本当のナツミ様のお気持ちを教えてほしいのです。ここで答えたことは他言無用、何一つ累を及ぼすことはございませんから」 ナツミと目が合う。 揺れる瞳は、私と数秒見つめ合った後静かに閉じられた。 次の瞬間にはぱっちりと見開かれた瞳が、まっすぐに私を見つめる。 「私は……」
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