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理想の男性、ガイラン・グスマ
ハインリヒに作戦を伝えた後、私もナツミもハインリヒも、それぞれ自分の家族に作戦を伝えた。
公爵である父は、折角の良縁をと渋ったけれど、私は自分で見つけた好きな人と結ばれたいと言えば、結局は許してくれた。
幼い頃から溺愛しているだけあって、やはりフランソワには激甘である。
グスマ男爵家も勿論了承してくれたということは、早速届いた手紙で知ることができた。
ハインリヒが一番説得に手間取っているようで、まだ了承は取れていないとの事だが、ハインリヒが勉強に身が入らなくなり嘆いていた陛下たちのことだ。ハインリヒが変わっていく様を見れば、親として、そして国の行く末を案じる国王として、きっと最後には許してくれるだろう。
学院では、これまで以上にナツミと過ごすようにし、ハインリヒも交じって三人で過ごすことも多くなった。一緒に勉強をすることも多い。
また、学院内ではナツミ以外にも虐めの対象となっている生徒が多いことが、少しずつ分かってきた。
今までフランソワはハインリヒとナツミのことで必死で周りが見えていなかったが、院内で多発する虐めはきっとフランソワの姿を見て助長されてしまっていることもあるのだと思う。
元々の性格も手伝って、私は虐めの現場を見る度に介入し止めた。小さい虐めはそれだけで立ち消えた。
酷いものについては教師に伝え、それでも直らなければ父に協力を仰いだ。家を使うのは卑怯かとも思ったが、教師でさえも管理できないのなら使える権力は使うべきだと思ったから。
そうして、徐々にフランソワのイメージも改善していったように思う。
◇ ◇
ある程度地盤が整ったら、ナツミの王妃教育を進めなくてはならない。
この教育係は私が担うこととなったため、ナツミは早々に養子縁組の手続きをして、公爵家へ来ることとなった。
今日はナツミが来ることについてお礼がしたいと、グスマ男爵家からナツミの兄であるガイランが我が家に来る日。客間で到着を待っていると、約束の時間に寸分違わずガイランは公爵家へとやってきた。の、だが。
「お初にお目にかかります、フランソワ様。この度は妹のためにこのようなことを取り計らって頂いたとお聞きしております。男爵家を代表致しまして、私、ガイラン・グスマがお礼申し上げます」
「………とんでもございませんわ、ガイラン様。ナツミ様は、私が責任を持って大事にお守り致しますから」
「……、ありがとうございます。頼もしいですね」
(…えっちょっと待って、ガイラン様かっこよすぎない?ドストライクなんだけど)
短く切り揃えられた赤い髪。少し吊り上がった眉。一重で落ち着いた目。綺麗に筋の通った鼻。緩むことのない口元。筋肉が多くついたがっちりとした勇ましい身体。
どれ一つとっても私の理想。
今まで、過去フランソワが出会った人物を思い返してみても誰一人としてこんな理想の人はいなかった。勿論、「私」が出会った中にも。
この国では貴族が身体を鍛えたりすることはないし、モテるタイプはハインリヒのような細身で中性的な顔立ちの男性である。
この貴族社会にこんなに素敵な人がいるのかと、私はガイランを見て衝撃を覚えた。
そんなことを考えていたら、私は随分とガイランを見つめてしまっていたらしい。
「…フランソワ様?何か…?」
「申し訳ありません、あまりにガイラン様が理想的な男性だったものですから、つい凝視してしまって」
「――……はい?」
「……あ」
やってしまった。
元々思ったことは口に出してしまう私の性格が災いして、初対面の男性、しかもナツミのお兄さんにあまりにも正直な言葉を投げかけてしまった。
羞恥で顔に熱が集まる。
ナツミのお兄さんがこんなにタイプの人だと事前に分かっていたら、もっと心構えをしてきたのに!
こんな素敵な人ゲームに出て来ただろうか?私が流してプレイしていたから気付かなかっただけ?
――いや、そんなわけはない。こんなタイプの外見のキャラがプレイ中に出てきていたなら、きっとこのキャラを攻略するルートについて親友に尋ねていた筈だ。
それをしなかったということは、顔も出てこないようなモブキャラだったということで。
信じられない。制作陣はどうしてこんな素敵な人を攻略対象として登場させなかったの?
それとも、フランソワの身体に融合してしまった私への神様か誰かからのサービス?
疑問が頭を巡るけれど、顔の熱は一向に引かない。
「ええ、と。…光栄です。フランソワ様のような美しい方にそのように言って頂けるとは思っておりませんでしたので」
なんとも大人な返答をしながらもほんのりと頬を染めたガイランが、少し困ったように眉尻を下げる。
待ってなにそれ、可愛いが過ぎない?というか今美しいって言われたよね?いや確かにフランソワは悪役令嬢らしく少しきつい顔立ちではあるものの整っていることに間違いはないのだが。
うるさい心臓と下がらないテンション。興奮しすぎて何なら少し吐き気がしてきた程だ。
きっとガイランに変な令嬢だと思われたことだろう。ガイランから侮蔑の目で見られたら立ち直れる自信がない。
なんとか体裁を保たねば、と私はゆっくりと深呼吸をした。
「私も、ガイラン様に美しいなどと言って頂けて、お世辞でも嬉しいですわ」
「お世辞ではありません」
「…ふふ。ありがとうございます」
美しいと言われて舞い上がってしまったけれど、冷静に考えれば、ガイランが私に良い印象を抱いているわけがない。
謝ったとはいえ元々はナツミを目の敵にして虐めていて、挙句の果てに妹を奪ってしまった形になっているのだから。
たとえナツミ自身がハインリヒの婚約者になりたがっているといっても、兄としては面白くないだろうし心配だろう。
最初からマイナススタートな恋路に、心の中で溜め息をついた。
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