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棚ぼた
学院ではハインリヒ、ナツミと三人で仲良く過ごしていたからか、それとも虐めを止めてきたからかは分からないが、王太子殿下との婚約が白紙になりそうだという噂が流れ始めてからも、私が陰でこそこそと見下されるようなことはなかった。
ゆくゆく婚約解消することは噂ではなく事実だけれど、それはまあ置いておいて。
学院内にそんな噂が流れてから、驚くことに贈り物や食事の誘いなど、フランソワへのアプローチが増えた。
勿論公爵令嬢なのだからその地位欲しさに言い寄ってくる男がいても可笑しくはないのだが、婚約がなくなるということは一般的に不名誉なことである。
――それでも、このアプローチ量。
今はまだハインリヒとの婚姻関係が正式に解消されたわけではないからアプローチに乗ることはない。
そもそもが、私の大本命はガイランただ一人。
たとえ嫌われていようとも、私はガイランを諦める気は毛頭なかった。
どうやら周りの婚約者のいない令嬢は、色々な可能性を潰さないようにアプローチに対して気を持たせるような態度を取ってキープしている人も多いし、それが批判されない程度には一般的なようだ。
けれど、最初から良いイメージのない私がそんなことをしていたら、ガイランに見向きもされないに決まっている。
少しでもガイランの中のマイナスな印象を軽減するため、私は日々奮闘しているのだ。
「…フランソワお姉様?」
「ああ、ごめんなさい、少し考え事をしていて。とても良く出来ているわ、ナツミ。全て正解よ」
「ありがとうございます、フランソワお姉様!」
ナツミが嬉しそうに笑う。
今回は少し難しい課題に取り組んでもらったけれど、特に問題なく解けてしまう辺り、ナツミはフランソワに負けず劣らず優秀である。
これも、ヒロイン補正というものだろうか。
既に養子縁組の手続きを終えたナツミは、正式に私の妹となった。
本当ならナツミには公爵家の屋敷に移り住んでもらった方が移動の手間も省けて王妃教育がやりやすいのだが、将来王妃になれば簡単に会うことはできなくなってしまう家族とぎりぎりまで過ごしたいというナツミの希望を尊重する形をとることとした。
そのため、学院帰りは公爵家へ寄ってもらい、休日も公爵家へと出向いてもらい、毎日休みなく王妃教育を受けてもらっている。
これには、私に多大なるメリットがあった。
「失礼致します、フランソワ様。妹を迎えに参りました」
――そう!ナツミの送り迎えを、ナツミの兄であるガイランがしてくれているのだ!書類上はもう兄ではないことは今はどうでもいい。ガイランもナツミを妹と言うし、便宜上である。
なんたる僥倖。渡りに船。棚から牡丹餅。
毎日顔を合わせる機会があれば、少しずつでもイメージ向上を図れるかもしれない。
女性関係の噂が一つたりともないガイランは、現在婚約者がいないから、いくらマイナススタートの私といえど全く望みがないわけではない。筈だ。多分。きっと。
ナツミには既に探りを入れたけれど、親しい女性はいないと裏取りも済んでいる。
「お迎えありがとうございます、ガイランお兄様」
「ああ。では、帰ろう」
「ちょっと待ってください、ガイランお兄様。……あの、フランソワ様。私、どうしてもこの教本のこの問題までは今日終わらせたいのです。もう少しお時間頂いても宜しいですか?」
「私は勿論構わないけれど…」
そうなると、ナツミを迎えに来たガイランにも待ってもらうこととなってしまう。
ちら、とガイランを見ると、ガイランは微笑みながら頷いた。
普段無表情でいることが多いガイランの微笑みは正直罪レベルだ。親友が推しキャラにテンションが上がってしまうのも理解できる。
「フランソワ様が問題ないのであれば、私は大丈夫です」
「それでしたら」
「ありがとうございます、ガイランお兄様、フランソワお姉様。――あ、そうですわ。ガイランお兄様、確かこの前私がフランソワお姉様に白薔薇を見せて頂いたときのことをお話したら、見たかったと仰ってましたわよね。私、まだこの問題を解くのに時間がかかりそうですから、この機会に見せて頂いたらどうですか?」
「それは…っ」
「まあ、興味を持って頂けるなんて嬉しいわ」
笑顔のナツミに、焦った様子のガイラン。
もしかしたら、雄々しいガイランは花が好きというのを知られるのが恥ずかしいのかもしれない。なんて可愛らしい。
これが親友の騒いでいた「ギャップ」。以前彼女の萌え語りを流してしまっていたのが、今になって悔やまれる。
「……フランソワ様さえ宜しければ、是非、ご案内頂けないでしょうか」
「ええ、勿論ですわ」
ナツミを見ると、ちょうどウインクしたのが見えた。私に向けたのか、ガイランに向けたのか。
微妙な位置だったけれど、きっと私に向けたのだろう。
ナツミにガイランのことについて探りを入れたから、私の気持ちは既にナツミに気付かれているのかもしれない。
こうして助け舟まで出してくれるなんて、優しい妹を持ったものだ。
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