プロローグ

1/1
前へ
/11ページ
次へ

プロローグ

「…なにこのフランソワって女。なんでこんな堂々と虐めてくるの?」 「そりゃ悪役令嬢だもの、そういうもんよ!それよりほら、主人公、あんたの性格と似てるでしょ?」 文句を言いながらスマートフォンの画面をタップしていると、横で見ていた親友が楽しそうに画面を指さす。 画面の中の可愛らしい少女が、親友曰く「悪役令嬢」に向かって堂々と言い返している。 『どうして私の私物を隠したり、紅茶をドレスに掛けたり、わざと足を引っかけて転ばそうとしたりなさるんですか?そちらこそ、貴族としての誇りを欠く行動だとは思いませんか?』 まん丸の黒い瞳で、少し怒ったような顔をしながらも可憐さが隠しきれない、ザ・主人公の女性。見た目は可愛らしく、生粋の日本人という感じだ。 舞台が貴族社会であるのに、一人だけ東洋人の見た目をしている主人公はきっといい意味でも悪い意味でも目立つのではないかと思うが、ゲームの中では特に触れられていないらしい。 デフォルト名、ナツミ。正義感が強く、間違ったことには反論せずにいられない。 内心では怖いと思いながら、それでも大衆の前で言い返せるとは立派だ。確かに主人公と呼ぶにふさわしい。 主人公が言葉を発した後は、整った顔をした男性キャラが頬を染めて主人公の名前を呼ぶ。 ハインリヒ・ドゥ・グルトワ。 金髪碧眼で寧ろ嫌味な程に顔立ちの整った男。 王太子殿下という立場で、少し俺様色の強いキャラだからか正直私の好みではない。 どちらかといえばもっと理性的で落ち着いた男性の方が好みなので、あまりこの先の物語を読み進める気になれない。 「ヒロインは男爵家の私生児なんだけどね、上の立場の人にも物怖じせず正しいことを言う姿勢を評価されてどんどん攻略キャラたちの目に留まっていくの」 「……さすが、ゲームね」 確かに、親友の言う通り主人公と私は似ている。 正義感に強くて、何かあったら口を出してしまう。 けれどもそれで上手くいくのは、結局はゲームの中だけなのだ。 「確かに私がこの世界のキャラだったなら、今の私みたいな状況にはならなかったのかもね」 親友が哀しそうな顔をする。そりゃそうだ、どう返せば良いのか分からないのだろう。 ――私は、一月前に仕事を辞めた。 きっかけはセクハラだった。 相手は課長で、二人きりの資料室で尻を触られた。 勿論私は拒否をしたし、その日の出来事を上にも報告したけれど、上の人間が信頼したのは新入社員として入ってきた私ではなく課長だった。 当然と言えば、当然だったのかもしれない。 きっと、大人しく尻くらい触らせておけばよかったのだろう。けど、どうして私がそれを我慢しながら働かなくてはならないのか。 罰されるべきは、間違ったことをしたあいつだったのに。 どんなに上に認めてもらえずとも、仕事は仕事だと割り切って暫くは辞めずに続けていた。 周りからは嘘つき女だとか勘違い女だとか心ない言葉を投げつけられ、結局は辞表を叩きつける形となってしまったけど。 きっと親友は、そんな私を励まそうとしたんだろう。 『正しい恋の仕方~悪事に鉄槌を!~』という乙女ゲームは、親友がいたく気に入っているスマートフォン用ゲームアプリだ。 元々そういった恋愛系のゲームが好きなのは知っていたが、こうして私が一緒にプレイしたことはなかった。 いつも通りやらないという私に対して、今回珍しく強く進める親友に押し切られて漸く始めたゲームは、タイトルはどうかと思うが確かに気分転換にはなる。 「でも、フランソワも人のいないところでやればいいのに。こんな大衆の前で虐めたら、自分の評価を落とすって普通分からない?」 「一応中で描かれてる限りでは、フランソワは婚約者のハインリヒと主人公が仲良く話しているのを見て、嫉妬に駆られてみんなの前で辱めてやろうって思ったらしいけど」 「なんというか、…王妃教育とか受けてた筈なのに頭が悪すぎない?」 「それは言っちゃダメ!こういうのはご都合主義なの!」 ご都合主義、ねえ。 そんなもので当て馬役にされる悪役令嬢とかいう立ち位置も、私にとってみれば可哀相だと言わざるを得ない。 勿論、虐めなんて行為は最低だし許されないことだけど。 ◇ ◇ 「…今日はありがとう。気を付けて帰ってね」 「うん、そっちもね!あ、ゲームクリアしたら教えてね!感想とか一緒に話したいし!」 「分かった。暫く暇だし、続けてみる」 いつも親友と別れる道で、握手する。高校生だった頃から続く、私たちの別れの挨拶。 もう夜に差し掛かる暗闇の中、街灯の光しかなかった視界がいきなりパッと明るくなった。 続いて、大きなブレーキ音。目の前の親友が横を向く。 私は咄嗟に親友の手を引いて、 ――ドン! どこか遠くに親友の悲鳴を聞きながら、私は真っ暗な世界へと落ちていった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

219人が本棚に入れています
本棚に追加