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4.カップうどん交渉
「まず、このまま新快速で終点の米原まで行く。そこからは大垣行きの普通列車に乗って、終点の大垣まで。大垣で豊橋行きに乗り換えて、豊橋へ。豊橋からも普通列車を使って、浜松、島田、熱海で乗り換え。午後五時過ぎには東京に着く予定や」
「……姉ちゃん、やっぱりオレ帰るわ……」
「今さらなに言ってんの! 今、祐樹が帰ったら切符一枚分無駄になるやん」
「だって嫌やで、オレ。こんな過酷な旅。着いたら着いたでクソ親父やし」
見計らったかのように次の停車駅が近づいたことを告げるアナウンスが流れた。
「じゃ、姉ちゃん、がんばってね」
そう言って立ち上がる祐樹を私は上半身全部を使って座席に押さえつけた。
「待って! わかった、こうしよう。もし一緒に行ってくれたら、どん兵衛、買ってやる」
「どん兵衛なら近所のスーパーで買えばええやん。じゃっ」
立ち上がる祐樹を再び押さえつけて続ける。
「祐樹は知らんかもしれんけど、東京のどん兵衛は大阪のと味が違うねんで! ダシが違うらしいわ」
「ふーん。オレ大阪味でいい。じゃっ」
「あー! わかった。一緒に来てくれたらお姉ちゃんが祐樹の言うこと、なんでもひとつだけ聞くから! お願い!」
私は頭の上で両手を合わせて拝んだ。なんとしても私は祐樹を父のもとに連れて行かなければならないのだ。
「なんでも? 本当になんでも聞いてくれんの?」
「うん! 聞く聞く! だから何卒……」
祐樹はなにか考えている様子で黙ってしまった。
私は祐樹の返答を心して待った。二人の間に沈黙が流れる。聞こえるのはガタンゴトンという走行音と停車駅を目前にスピードを落とす電車の音だけだ。
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