5.琵琶湖

1/1
前へ
/12ページ
次へ

5.琵琶湖

「……その条件ならええよ」  電車が停車し、ドアが開いたとき祐樹がそう答えた。 「えっ? ええの」 「うん。そのかわり約束はちゃんと守ってや。それとクソ親父と会うのは嫌々やからな。それだけは分かっといてや」 「もちろん!」  私はその場で飛び上がりたいほど嬉しかった。これで二人でお父さんに会える……。  石山駅を発車してしばらくした頃、電車は瀬田川を渡った。瀬田川は琵琶湖につながる河川だ。鉄橋を渡っている間、北側にマザーレイク、琵琶湖が見える。 「祐樹、琵琶湖や!」 「ホンマや。でけぇー。まるで海みたいやな」  私たちは立ち上がって窓の外に広がる琵琶湖を眺めた。 「そういえば昔、家族みんなで白浜の海に行ったやんな。お父さん、泳ぐの苦手やのに私らにええとこ見せたるって言って溺れかけてた。懐かしいなー」 「…………」 「どうしたん、祐樹?」  私が訊くと祐樹はぶっきらぼうに「別に」と答えると座席に戻ってスマホをいじりはじめた。急に黙ってどうしたんやろ? まぁ、気にしてもしゃーない。私も座席に戻って膝に置いたカバンを開けた。中から一冊の文庫本を取り出す。綿製のブルーのブックカバーは私のお気に入りだ。  第一の目的地、米原駅まではまだもう少しかかる。それまでこの本を読んで過ごそう。私は文庫本のページを開いた。  読書中、電車はいくつもの駅に停車した。そして、読書をはじめて約四十分後、電車は終点、米原駅に到着した。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加