14人が本棚に入れています
本棚に追加
亮二さん
ヒデさんが居なくなった年の冬――クリスマスの少し前から、亮二さんという中年の男性が遊びに来るようになった。
ママの新しい恋人だと、すぐに分かった。
亮二さんは、身長が高くて肩幅が広く、これまでのママの恋人とはタイプが違った。いつも高そうなスーツを着て、何かしら手土産を持ってきてくれた。スポーツマンのように日焼けした浅黒い肌に負けないくらい、目鼻立ちのはっきりした精悍な顔付きだ。笑っていても、どこか冷静なところがあって――僕は、ヒデさんのように彼に懐くことはできなかった。
「お前のガキは、なかなかカンが鋭いな。働き口なかったら、ウチで預かってやろうか」
「ダメよ。あの子には、真っ当な道を歩いて、あったかい家庭を築いて欲しいの。いつか、孫の顔を見るのが夢なんだから」
中2の春、夜中にトイレに起きて、ベッドに戻る途中、隣の部屋から亮二さんとママの会話が漏れ聞こえて――ドキリとした。
親が子どもの将来を考えたり、子どもに期待をかけることは普通なのかもしれない。だけど、僕の知らないところで何かを決められてしまうようで、足元が崩れるような恐怖を感じた。
-*-*-*-
「なぁ、アキラ。お前の母ちゃんって、中央2丁目の店で働いてるんだろ?」
中2年の秋。修学旅行先の京都。大広間での夕食後、宿泊先のホテルの部屋に戻る途中、廊下でカズキに呼び止められた。彼は、小学校からの同級生だ。
「うん。それがどうしたの?」
「なんかあの辺、ネットニュースに出てる」
「ニュース?」
「何か……路上で刺されたって」
「えっ? だ、誰が?」
午後8時を回っている。ママが働く店は、もう開店している筈だ。
「動画が上がってる。お前の部屋、行っていい?」
「もちろん!」
3人部屋には、同室の高橋と渡辺が戻っていた。彼らは、おやという顔で僕達を見た。
「ごめん、ちょっと邪魔するわ」
僕のベッドに並んで座り、カズキはスマホの画面を僕に見せる。
「ナニナニ? エロ動画?」
高橋が、後ろから覗き込んでくる。ゲームをしていた渡辺も顔を上げた。
画面の中は、規制の黄色いテープが張られ、赤色灯が点滅している映像が流れる。全体的に背景は暗く、制服姿の警官が右に左に動いている。
「何だよ、これ?」
高橋が呆れた声を上げて、サッサと離れる。
『……なお、刺された男性の意識はあるとのことです』
「男性……良かった……」
流れた音声に、ホッと胸を撫で下ろした。
『警察によると、この地域では飲食店へのみかじめ料を巡って、暴力団同士の対立が激化しており、事件との関係性を調べているとのことです……』
「みかじめ料、って何?」
僕が聞くと、カズキは首を横に振る。
「暴力団が取る場所代のことだ」
「えっ?」
窓側のベッドに寝転がっている渡辺が、つまんなさそうに答えた。思いがけない相手からの知識の披露に、驚いて一斉に彼を見た。
「暴力団が、自分のシマ……縄張りの中で営業している店に、営業を認める代わりに場所代を寄こせって言って、金を巻き上げるんだ。その金のことだよ」
「お前、良く知ってんなぁ」
「まぁな。兄貴の持ってるマンガに描いてあった」
渡辺は、ちょっと得意気にニヤッと笑った。
「でもさ、暴力団と店の人が揉めるんなら分かるけど、何で暴力団同士が対立するんだ?」
カズキが首を傾げる。すると、渡辺はスマホを置いて、起き上がり、ベッドの上で胡坐をかいた。
「みかじめ料払ってる店って、金の代わりに暴力団に守ってもらうんだ」
「守るって、何から」
僕も疑問を投げる。
「ヤバイ客とか、トラブルとか起こったときとか、色々さ」
僕らは、へぇと一様に感心した。
「それで、Aって暴力団が守ってる店に、別の暴力団Bも、みかじめ料を取りに来ることがあって――そうすると、縄張り荒らしってことになって揉めるらしいんだ」
「なるほど……」
「そうか……」
「じゃ、みかじめ料絡みで、刺されたとか刺したとかって話なら、被害者は……ヤクザなのかな」
「もしくは、とばっちりを受けた、店の人かもな」
高橋と渡辺は、互いに被害者の可能性を推測し合って、不穏なニュースについての会話には終止符が打たれた。
ママの店でも、男性スタッフが働いていた筈だ。まさか――大丈夫なのかな。
嫌な胸騒ぎをかかえたまま、僕は修学旅行を終えた。
最初のコメントを投稿しよう!