14人が本棚に入れています
本棚に追加
レイジさん
路上刺傷事件の2日後、修学旅行から戻ると、ウチの中には見知らぬ若い男がソファで寛いでいた。
「あっ……あの、あなた、誰?」
ママの新しい恋人……かもしれない。そういうシチュエーションは、これまでもあった。だけど……亮二さんは?
「お前、アキラか?」
「えっ――はい」
ぞんざいな口調で名前を呼ばれて、少し怖くなった。
ソファから立ち上がった男は、手元のスマホに視線を向けてから、僕をジッと眺めた。
「画像より白っちくって、女みてぇだな」
男はヒョロリと背が高く、茶色のチノパンに、だらしなく胸まで開いたオレンジ色のシャツを着ている。よく見ると、男の胸元には金のクサリが光り、耳にもキラッと光る金属が幾つも見える。茶髪にワシ鼻、二重瞼の下の瞳は黒眼が小さく、爬虫類を思わせる顔付きだ。
「俺は、レイジってんだ。補佐……亮二さんに言われて、お前を迎えに来た。荷物、それだけか?」
「亮二さんが……? やだ……ママは? ママは、どこ?」
いつか夜中に聞いた会話が蘇る。僕を、どこかへやるつもりなのか?
ママの寝室に駆け込もうとしたら、思いがけず俊敏な男の手に、肩をギリリと掴まれた。
「痛っ! 離して!」
「るせぇ、騒ぐな! ヨシミママは、病院だ。あとで連れてってやる」
「病院……?」
「話は、車に乗ってからだ。来い!」
上腕を掴み直すと、レイジは引きずるように僕をマンションから連れだし、黒いボックスワゴンに押し込んだ。
「シートベルト締めろよ、アキラ」
「はい……」
どこへ浚われるんだろう。情けないけれど、シートの上で膝が震えた。
「ヨシミママは、亮二さんを庇って刺されたんだ」
走り出して少しすると、彼は前を向いたまま、スポーツの試合結果を解説するような口調で語り出した。
「えっ!」
「左腕を肘から、力こぶの出る……この辺りまで、ザックリ切られてさ、20針も縫って――あ、命は大丈夫だぞ、ってオイ、泣くなって! あー!」
心配と安堵がぐちゃぐちゃになって、涙がポロポロ溢れた。運転席のレイジさんは、運転中もオロオロと僕の肩を叩いたりして宥めようとしていたが、僕はしばらく泣き止まなかった。
-*-*-*-
「レイジ、てめぇ、アキラ泣かせてんじゃねぇぞ!」
連れて来られたビルの一室で、レイジさんは黒スーツのおじさんにゲンコツでガツンと上から殴られて、その場に蹲った。それを見て、僕は震え上がり、床に座り込んでしまった。
「おっ、すまんな。怖がらせちまったな」
「お前ら、何やってる!」
事務所みたいな、事務机が幾つか並んだ殺風景な部屋の奥から、聞き覚えのある声が凄んだ。次の瞬間、白スーツをビシッと着た、亮二さんが現れた。
「補佐、すみません!」
「っつ! すみませんっ!」
亮二さんを見て、2人はきちんと腰を折って挨拶する。亮二さんは、この怖い人達の上司なんだろうか。
「おう、アキラ。大丈夫か」
彼は、腰が抜けていた僕の腕を掴むと、もう片手を腰に回して、立たせてくれた。
「あのっ、亮二さんっ! ママは……ママが刺されたって、本当?!」
見上げると、大きな掌が伸びてきて、思いがけず優しく、ポンポンと肩を叩かれた。
「ああ。心配するな。ヨシミは、明日にでも退院だ」
「本当っ?」
「顔見てぇだろ。これから、行くか?」
「はいっ!」
彼は瞳を細めると、犬でも褒めるみたいに、僕の髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。
最初のコメントを投稿しよう!