レイジさん

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レイジさん

 路上刺傷事件の2日後、修学旅行から戻ると、ウチの中には見知らぬ若い男がソファで寛いでいた。 「あっ……あの、あなた、誰?」  ママの新しい恋人……かもしれない。そういうシチュエーションは、これまでもあった。だけど……亮二さんは? 「お前、アキラか?」 「えっ――はい」  ぞんざいな口調で名前を呼ばれて、少し怖くなった。  ソファから立ち上がった男は、手元のスマホに視線を向けてから、僕をジッと眺めた。 「画像より白っちくって、女みてぇだな」  男はヒョロリと背が高く、茶色のチノパンに、だらしなく胸まで開いたオレンジ色のシャツを着ている。よく見ると、男の胸元には金のクサリが光り、耳にもキラッと光る金属が幾つも見える。茶髪にワシ鼻、二重瞼の下の瞳は黒眼が小さく、爬虫類を思わせる顔付きだ。 「俺は、レイジってんだ。補佐……亮二さんに言われて、お前を迎えに来た。荷物、それだけか?」 「亮二さんが……? やだ……ママは? ママは、どこ?」  いつか夜中に聞いた会話が蘇る。僕を、どこかへやるつもりなのか?  ママの寝室に駆け込もうとしたら、思いがけず俊敏な男の手に、肩をギリリと掴まれた。 「痛っ! 離して!」 「るせぇ、騒ぐな! ヨシミママは、病院だ。あとで連れてってやる」 「病院……?」 「話は、車に乗ってからだ。来い!」  上腕を掴み直すと、レイジは引きずるように僕をマンションから連れだし、黒いボックスワゴンに押し込んだ。 「シートベルト締めろよ、アキラ」 「はい……」  どこへ浚われるんだろう。情けないけれど、シートの上で膝が震えた。 「ヨシミママは、亮二さんを庇って刺されたんだ」  走り出して少しすると、彼は前を向いたまま、スポーツの試合結果を解説するような口調で語り出した。 「えっ!」 「左腕を肘から、力こぶの出る……この辺りまで、ザックリ切られてさ、20針も縫って――あ、命は大丈夫だぞ、ってオイ、泣くなって! あー!」  心配と安堵がぐちゃぐちゃになって、涙がポロポロ溢れた。運転席のレイジさんは、運転中もオロオロと僕の肩を叩いたりして宥めようとしていたが、僕はしばらく泣き止まなかった。 -*-*-*- 「レイジ、てめぇ、アキラ泣かせてんじゃねぇぞ!」  連れて来られたビルの一室で、レイジさんは黒スーツのおじさんにゲンコツでガツンと上から殴られて、その場に蹲った。それを見て、僕は震え上がり、床に座り込んでしまった。 「おっ、すまんな。怖がらせちまったな」 「お前ら、何やってる!」  事務所みたいな、事務机が幾つか並んだ殺風景な部屋の奥から、聞き覚えのある声が凄んだ。次の瞬間、白スーツをビシッと着た、亮二さんが現れた。 「補佐、すみません!」 「っつ! すみませんっ!」  亮二さんを見て、2人はきちんと腰を折って挨拶する。亮二さんは、この怖い人達の上司なんだろうか。 「おう、アキラ。大丈夫か」  彼は、腰が抜けていた僕の腕を掴むと、もう片手を腰に回して、立たせてくれた。 「あのっ、亮二さんっ! ママは……ママが刺されたって、本当?!」  見上げると、大きな掌が伸びてきて、思いがけず優しく、ポンポンと肩を叩かれた。 「ああ。心配するな。ヨシミは、明日にでも退院だ」 「本当っ?」 「顔見てぇだろ。これから、行くか?」 「はいっ!」  彼は瞳を細めると、犬でも褒めるみたいに、僕の髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。
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