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悪の怪人事情
そこから押し切られてというか、一カ月だけだからという条件で、しばらく同居することになったのだ。
一人暮らしで部屋はあるとはいえ、よくこんな得体の知れない「父親」を名乗る人外と、一緒に暮らしてもいいなんて思えたな、と、今でも自分に呆れている。
「アンタさー、一週間も家にこもりっきりだけど、仕事? の方はいいの?」
「大丈夫! 有給取ったから」
「有給あんのかよ」
自称「お父さん」は何するべくもなく、ただ家で私の代わりに家事をしてくれていた。料理と洗濯はちょっと難ありだったが、掃除は意外や意外、結構しっかりしてくれた。おかげでソシャゲーのプレイ時間が増えた。ちょっと口うるさい家政婦(無賃金)がいるみたいなカンジに近い……けど、さすがに「家族」とは思えそうもない。
ましてや「お父さん」……とか。
いや、父親ってのがどういうもんか、よく知らないけど。
「有給の無駄遣いじゃない?」
「かっかっかっ。ずっとしたかったことをしてるから、お父さんにとってはかなり有意義だぞう。ウチは大きな組織だからな。福利厚生はしっかりしてるんだ。当然、傷病手当も出る。
お父さんな、ちょっと前まで秘密戦隊カイキンジャー共にボコボコにされてなぁ。しばらく戦闘に出てなかったんだ。そん時な、天井の岩肌見ながら考えてたんだ」
「傷病手当やら、秘密なのにカイキンやら、天井が岩肌やら、仕事内容やら、ツッコミたいことは山ほどあるけど続きをどうぞ」
自称父は遠い目をし、何かを懐かしむように語った。
「娘に会いたい、ってな。……彼女が、妊娠してるのは知ってたんだ。
……よく言ってたよ。男でも女でもいいようにアオイって名付けるんだって。自分の名前から一文字あげるんだって。
そしてしばらくして……彼女は姿を消した。何の痕跡も残さずに、忽然と。ボクは途方に暮れたよ。
そこから十数年、ボクは仕事に打ち込んだ。しゃにむにに頑張って彼女を忘れようとした。当時のボクは探しに行けるような状況じゃなかったから。
それしか、できなかったんだ」
黒目を薄い水の膜が覆ってるように光る。鳥の持つ瞬膜がそれを隠しても、あとからあふれるように瞳は寂しく瞬いていた。
「葵ちゃんを見つけたのはね? 本当に偶然だったんだ。一目で分かったよ。ボクの愛した彼女に……そっくりなんだもん。友達に『葵』と呼ばれていたからすぐにピンと来た。それから仕事の合間を縫って、調べて、ある日思い切って訪ねてみることにした」
「……行動力ありすぎじゃね?」
彼はまたかっかっと笑った。濡羽色の羽根を震わせて。淋しさの中に喜びを滲ませて。
そして幸せそうに言った。
「見てるだけで良かったんだよ。最初はね。……でもその時ちょうど、ずっと一緒にいた仲間に色々あって、誰かに『ボクを覚えていて欲しい』って思っちゃったんだ。……分不相応で、顔なんて出せた義理じゃないって、理解はしてたんだけどね」
アタシは眉根を寄せた。それが不快だったからなのか、本当か疑ったからなのか、自分でも分からなかった。
「大丈夫。有給ももうすぐ終わっちゃうから。そしたらたぶん会わなく、いや、きっともう会えなくなっちゃう。そうなればまた、葵ちゃんの日常が帰ってくるよ!
だからもう少し、『お父さん』……頑張るからね!」
彼は明るくそう言った。
アタシは、なんて言うのが一番良いのか見つけられないまま、冷たく「あ、そう」と返した。
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