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詳しいことは後日改めて伝える。そう言われて解放された春貴が、大ノ宮の門を再びくぐる。
もはや断れる雰囲気でもなかったのだからしかたない。やれと言われたのならやるしかないだろう。
そう誰に向けるでもない言い訳を並べながら大路へと進み出た春貴を待っていたのは、やはりいつもの姿だった。
いつから待っていたのか。わざわざ門の外で待っているあたり、逃がすつもりはないのだろう。
春貴の姿をみとめた二白が、端に止めていた牛車を降りて近づいてくる。それを待つことなく歩き始めた春貴だったが、その腕が思いのほか強い力で掴まれたことで足を止めざるおえなかった。
「大ノ宮の屋敷護衛を請けたのか」
まるでこちらを咎めるかのような声に、負けじと春貴も鋭い視線を向ける。
「直々の命令だからな」
「今、大ノ宮は決して安全ではない。危険だ」
「だからって断れるわけないだろ」
振り払うようにしてその手から逃れる。だが厄介なことに、頑固な二白が諦める様子はなかった。
「ならば私から断りをいれよう」
「勝手なことするなよ。大ノ宮も貴族の屋敷も、やることは一緒だろ」
「馬鹿な。皇子の近くにいることがどんなに危険か、参拝の時に身を持って知っただろう」
「あぁそうだな。そのおかげで屋敷護衛を命じられたんだからな」
なにを言っても二白が納得することはないだろう。そして春貴もそれを知っているからこそ、この無駄な問答を早々に終わらせる必要があった。
「春」
刀を握ったこともない、細く繊細な手が春貴の肩を強く掴む。宝玉のような白い瞳がまっすぐに春貴へと向けられる。そんな視線にすら、心がわずかに跳ね上がった。
「お願いだから、これ以上心配をかけさせないでくれ」
だがその口から出る言葉は、いつも春貴の心を苛立たせ、そして否定するのだ。
「いい加減にしろよ! そうやって大事に大事に、俺を鳥かごにでも入れるつもりか!」
言葉とともに叩きつけた手は、すぐに肩から離された。二白の顔に戸惑いと悲痛が浮かぶ。それすらも今の春貴にとっては歯がゆいものだった。
なぜわからない。あんなに長く一緒に過ごしていて、一体今までこの身のなにを見てきたんだ。子供としてではなく、なぜ対等に扱ってくれないのか。
心がかよっていると思っていたのは、はたして自分の思い違いだったのか。
「お前に振り回されるのは、もううんざりだ!」
吐き捨てるようにしてそう言えば、二白は口を閉じて視線を地面へと落とした。まるで叱られた子供だ。だがそんな子供へと手を差し伸べてやるつもりは毛頭なかった。
動きを止めた二白を一瞥して、春貴がまた大路へと踏み出す。きっと背中にはすがるような視線が向けられているだろう。
振り返ることはしない。それは春貴の意地だった。
結局、どんなに苛立ち歯がゆくなろうとも、立場が変わろうとも、彼を切り捨てることはできないのだ。
だからこそ、今春貴が振り返ることは許されなかった。
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