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目の前の文書を見つめ、二白は何度目かのため息をついていた。
彼の部屋の床には、他にも積み重なった文書や書物がいくつも山を作っている。それらは決められた法則できちんと分けられているのだが、それを知らない周りからすればただの散らかった部屋に見えるだろう。
先ほどから二白が見つめている文書には、貴族や民たちから寄せられた不安の声が並んでいた。ひとつひとつの内容は異なるが、結局は安定しない国への不安が記されているのだ。
二白がため息を吐き出す。そしてそれらの声を簡潔に、かつわかりやすく書き写してゆく。同じような内容はまとめて、百を十に、十を一に。
それは世の中をまだ知らない、年若い皇子への配慮だった。
本来であれば神に仕える賢人が政治に関わることはないのだが、後見人が決まらない今、中立の立場にある賢人に声がかかり、そして断れなかった二白が受け持つこととなったのだ。
そんな面倒ごとの中でさえ、さらさらと滑る筆に迷いはない。二白はあくまで問題を提示する役で、話し合うのは官人たちの仕事だ。筆の走りは順調だった。
ただ二白の手を止めるのは、大切なひとりのことだけなのだ。
「彼のことが心配かい?」
再び深い息をついた二白の背中に、軽い声がかけられた。
開いたままの障子に軽く寄りかかっていた一白が、振り返った二白の表情を見て笑う。
「鏡を見たほうがいい。せっかくの美丈夫がそれじゃあ台無しだ」
「……見ましたよ、今朝」
「君は本当に見るだけだからなぁ。鏡は身なりを整えるためにあるんだよ」
自らの容姿に無頓着な二白は、たとえその身なりが崩れていても気にすることはなかった。たまに見かねた三白がある程度整えてやることもあったが、本人にその気がないためすぐにそれは乱れてしまう。
体の弱いひとり息子として、それはそれは大切に育てられたがゆえの性質は、そう簡単に変えることはできないのだろう。
それゆえ、二白は一白へとわずかに眉を下げただけで、やはり改めて鏡を手に取ろうとはしなかった。
「彼はここの屋敷護衛になったそうだね」
「えぇ、厄介なことに……」
今度こそ二白はわかりやすく眉を下げていた。
最後に話した時のことを思い出す。そして怒りに満ちたあの顔を思い出して、二白の胸にまた悲しみが押し寄せた。
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