奥宮にて

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 弓を下げ、まず神がいるという奥宮へと一礼。それから王族、上級貴族へとそれぞれ一礼する。あとは端で控えている舞の女性たちと入れ替わるだけだ。  春貴の頭の中はすでにひしめく屋台への関心で埋まっていた。奉納弓の大役にはそれ相応の報酬が用意されている。一日で使い切れるものではないはずだ。屋台で好きなものをたらふく買いこむくらいはわけないだろう。  めったにできない贅沢に、春貴の心も思わず踊る。  だが、そんな春貴の楽しみを奪うようにして、突然、背中に叩きつけるような強い風が吹きつけた。 「うわ!」  あおられた衣がばさばさと音をたてる中、油断していた春貴はその風がどこから吹いているのかすぐに判断することができなかった。  そして、恐怖におののく貴族たちの悲鳴をすき間に聞いて、ようやく、封印されているはずの奥宮の扉が開いていることに気がついたのだ。  風は奥宮から吹き出している。  尋常ではないその風から身を守るようにして、春貴は顔の前に出した腕のすき間からその場所を見た。  奥宮の中は灯りもない暗闇が広がっている。まるで、大口を開けた物の怪の口内を覗いているかのようだ。  守り神がいるとされているその場所には、なんの姿も見えなかった。  神なんてどこにもいやしないじゃないか。  ぽっかりと開いたその暗闇へと文句を言いたいのに、口を開けば暴風がその呼吸を奪った。  一体なんなんだ。なにが起こっている。  そして、飛ばされないようにと踏んばる春貴の目の前にーーそれは突然現れた。 「うはは! よいぞよいぞ、気に入った!」  その軽快な声にあわせて、暴れていたはずの風が一瞬にして消える。思わぬ失速に前のめりになった春貴へと、それは小さな指を突き出した。 「お前を私のものにしてやろう!」  紐飾りのついた長い袖から、子供のような小さな指が伸びている。そしてその持ち主もまた、子供の姿をしていた。  踊り巫女のような衣に身を包み、それは春貴を見てころころと笑う。  全身が白い。それこそ目に刺さるような白さだ。  この国で白を身に着けることができるのは神に関する存在だけだ。現国の頂点にある皇子でさえ、淡い水色しか使用することを許されてはいない。  ならば、この子供は何者なのか。  普通の子供と違うところと言えば、衣と同様、飾られた髪が真っ白なこと。そして、その体が宙に浮いているということだけだ。  あぜんとする春貴を気にすることなく、子供は相応の顔でにこりと笑ってみ せた。 「まだ外に馴染まぬゆえ一度消えるが、すぐにまた迎えにくるぞ」  淡く色づいた小さな爪先が、春貴の額へとんと触れる。作り物めいたそれは、意外にもほんのりと暖かさを感じさせた。  文字でも書くかのように、その指がすらすらと揺れる。  そうして奇妙な子供はどこか満足げににこりと笑みを見せて、「しばし待っておれ」という言葉だけを残し、風のように春貴の前から姿を消した。 「な……んだ……?」  春貴の声に応える者はいなかった。先ほどまでの厳かな雰囲気はいずこに、周囲は春貴を残して大混乱の波に飲みこまれている。  そんな貴族たちの阿鼻叫喚が飛び交う中、春貴はひとり、へたりと地面へと尻をついた。
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