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「そうだなぁ……出てきた時の様子を見る限りでは、そんな風には見えなかったけどね」
「なら問題ないんじゃないか?」
「いや……もしかしたら油断させて、機会をうかがっているのかも」
一白のそんな不吉な言葉に、三白がさっと顔色を失う。あわてて一白が取り繕うように笑ってみせたが、それは四白の鋭い視線によって切り捨てられた。
「そういえば、」
わずかに前のめりになっていた体を戻し、一白が改めて声を上げた。
「奉納の弓を捧げた者と神が接触していたね」
「……そもそも、あれは本当に神なのか?」
「少年のように見えましたよね。あんなに小さな子が、神だなんて……」
「あんな子供が人柱に選ばれたことはないから、あれが神の本来の姿なのかもしれないね」
「とりあえず、あの子供が神ってことでいいんだな?」
「今のところは、そうなるねぇ」
へらりと浮かんだ笑みが、再び隣の男へと向けられる。
「ねぇ二白、奉納の弓の彼って、君の知人じゃなかったかい?」
その言葉に、これまで身じろぎさえしなかった男がわずかに肩を跳ね上げた。だが一白の声を受けて、賢人たちの視線を受けてなお、その男――二白が口を開くことはなかった。
伸ばされたままの長い白髪の奥、影の落ちたその顔を、ゆらゆらと揺れる高灯台の灯りが照らす。
その精悍な顔つきはまだまだ青さを感じさせるが、熟しきる前の果実のような、ほんのりとした色気を香らせている。どこか細く儚げな雰囲気をまといつつ、その薄い唇は今や固く閉じられていた。
彼にとって春貴は、たしかに知らない相手ではなかった。
むしろ、知人という言葉ではおさまりきれない関係だ。かといって他によい表現をすることができず、二白はやはり口を開けないでいた。
「まぁ、神が姿を消してしまったんだ。今の僕たちにできるのは、神が再び現れるのを待つことだけかな」
しんと黙ってしまった賢人たちへと、まとめるようにして一白が苦笑する。そしてその手で、くせのついた白髪をがしがしと掻いた。
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