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春貴は伸ばしていた手を強く握りしめた。それでも、離れてゆく青年の背中を掴むことはできなかった。
天は闇とともにこの地から消えるつもりなのだろう。
それが青年の言うけじめだろうと頭ではわかっていながらも、春貴の心を占めているのはそのほとんどが憤りだった。
なぜあいつがこんな思いをしなければならない。なぜあいつだけが苦しまなければならない。なぜあいつがひとりでいなければならない。
なぜ、なぜ、なぜ――この体は動かない。
再び開いた手のひらだが、もうそれを伸ばし続ける気力を春貴は持っていなかった。
こうするしかないのだと、ぼんやりとした頭に響いたのはそんな諦めの声だった。
止まらない流れに流されるまま、静かに体の力を抜いてゆく。それでも震えとあふれ出る嗚咽を止めることはできなかった。
あぁ、行ってしまう。きっともう二度と出会うことのできない場所へと。
もう二度と触れることのできない場所へと、あの背中が行ってしまう。
そうやって春貴が手を下ろそうとした時――小さな手が、その手を掴んだ気がした。
姿は見えない。だが、確かにこの手を引こうとするぬくもりがそこにはあった。
天が、呼んでいる。「はよう、はよう!」と、明るいあの声が響いてくる。
その声を聞いて、自然と春貴の口元は上がっていた。
あぁ……まったく、今度はどこへ連れて行こうというのか。
いつものように、小さな手を握り返す。それがどこであろうと、もう二度とこの手を離したくないと、強く思った。
「清人、ごめん……ごめんなさい……」
春貴の声を受けて、二白がゆっくりと顔を上げる。その美しい顔は苦痛に歪み、だがどこかすべてを察しているような瞳が向けられる。
そんな男へと、春貴はまっすぐに笑ってみせた。
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