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そんな中、行列の先のほうでわずかなざわめきが起こった。いかんせん距離があるため、春貴のところまで届いたものの、状況を知るにはより時間が必要だった。
だがそれが耳に入るよりも早く、春貴の目には木々のすき間に光る矢尻が捉えられていた。
「弓矢だ!」
そう声を上げるやいなや、春貴は背にしていた弓を構えすぐに矢を放った。矢は木々のすき間を正確に抜け、構えられていた矢尻の奥へと的中する。
がさりと、大きな生き物が動く。勢いよく草陰から立ち上がった大男の肩には、今しがた春貴が放った矢が刺さっていた。
「打て!」
響いた野太い声によって、すぐにその場は戦場へと変わった。ざわめきが怒声となり、静かだった山道がひっくり返ったように一瞬で騒がしさに包まれる。
大男のほかにも数名いるのか、男の声によって四方から一斉に矢が放たれた。
狙われているのはただひとりだ。春貴もそちらへと瞬時に目を向ける。皇子の牛車は、それこそ身をもって盾になろうとする護衛人たちが群がっていて一寸のすき間もないほどだ。あれならば矢が届く心配はないだろう。
春貴は飛んでくる矢の軌道を読んで、続けざまに矢を放った。
戦の経験のない春貴が人を射るのは初めてだったが、不思議と恐怖はなかった。それどころか、いつもより神経が研ぎ澄まされているかのようにも思えた。
普通ではない。まるで、特別な目でも手に入れたかのような感覚だ。そうでなければ、遠く離れた矢尻を見ることなどできなかっただろう。
一方的に始められた攻防戦だったが、春貴の活躍もあって、分が悪いと判断した男たちが撤退するのは早かった。
大男の声で散り散りに逃げ出した者たちを、数名の護衛人がすぐさまそれを追いかけてゆく。その場に残されたのは無傷の牛車と、中傷程度の護衛たちだった。
潮が引くように怒声がざわめきへと戻ってゆく中、春貴は自らの手へと視線を向けた。
目だけではない、弓を引く手や腕にもその不思議な感覚が残っていた。よもや神所のご利益でも受け取ったのだろうか。いや、きっとそうに違いない。そんな風に無理やり自分を納得させて、春貴は顔を上げた。
額の紋様や数日前のことは、あえて考えないようにしていた。でなければ、なにかとんでもないことに巻きこまれている自分と向き合う必要が出てくるからだ。
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