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奥宮にて
にぎやかな人々の声が、恵みの季節をむかえたその国にあふれていた。
外界と国をつなぐ大きな門からまっすぐ中心へと伸びる大路にはいくつもの屋台が並べられ、この時ばかりはと、普段は大路を歩くことが許されない位の低い民たちもみな一様に活気づくこの雰囲気を存分に楽しんでいた。
大路に並んだ花木から舞い落ちた花びらが、風に乗ってまっすぐ、王族たちの住む大ノ宮へと駆け抜けてゆく。
国の中心部に建つ大ノ宮は、上級貴族でさえ限られた者しか入ることが許されない、いわば国の心臓だ。
そんな特別な大ノ宮の奥、荘厳な曲が流れる開けた場所で、青年――守屋春貴はその視線の先にある一点を静かに見すえていた。
はるか遠くに小さく見える点をめがけて、かまえていた矢を放つ。緩やかな曲線を描いて手を離れた矢が、次の瞬間には一寸の狂いなく的を撃ち落としていた。
「お見事!」
たたずを飲んで見守っていた人々の中から、そんな野太い声が飛んだ。
それでも、決められた動きしかしない人形のように、春貴は次の矢を矢筒から抜き出すだけだった。
新たにつがえた矢の羽根がわずかに揺れ、咲き誇る花の香りが春貴のまつ毛をかすめてゆく。襟足近くで結ばれた長い黒髪を遊ばせるようにして、また少し強い風が吹いた。
今度の的は先ほどよりも小さく、風を受けて揺れる不安定なものだ。
そしてまた春貴の手から矢が放たれた。わずかな緊張から軌道がふらついたが、それでも矢は外れることなく的へと吸いこまれていった。
この国を守っていると言われる神へ向けた、奉納の弓だ。
齢十八にしてようやく選ばれた、絶対に失敗できない大役だった。それは王族を前にしているというのももちろんだが、なにより春貴にとって、普段から自分を「閉口、花のかんばせ」とからかってくる貴族どもに見せつける機会でもあった。
人を揶揄するしか脳のない奴らだ。自分の身すらろくに守れないくせに。
刺激の少ない宮内での暮らしでは陰口なんてあいさつのようなものだろう。だが春貴はそんなことにしか楽しみを見いだせない貴族たちこそ、「一生閉口してろ」と思うのだった。
本来上級貴族と関わることのない下級貴族の生まれである春貴が、揶揄されるまでに知られているのにはわけがあった。
そしてそのわけである人物は、王族とともに御簾の向こうで春貴の活躍を見守っているだろう。
今の春貴にとっては残念ながら、上級貴族よりも関わりたくない相手だ。誰よりも近く、そして誰よりも厄介な男。
いつも自分を心配そうに見つめるあの瞳。そして時折、熱を持ったように向けられるあの視線――
全ての的中を確認して、春貴はようやくふっと肩の力を抜いた。と同時に、風を読みきれなかった自分の力量不足に小さく舌打ちをする。
だがその音も、美しく響いた神楽笛の音によってかき消された。
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