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── 君にあと5分、考える時間をあげよう。
車椅子の男がそう言った。
乾いた唾液が白く張り付いた、加齢で白樺の皮のようにひび割れた唇で。
真紅に金の壁紙が使われた薄暗いレンタルルームは、広めのボーリング場ほどもある仕切りのないワンルームタイプで、人を不快にする悪趣味な照明器具が所々に設置されている。
消毒液の甘い匂いを放つポータブルの人工呼吸器と、点滴の瓶、あと何か分からない精密医療機器に繋がれた車椅子男の背後には、側近らしき黒服の男二人が阿吽のように控えて圧迫感を放っていた。
今年の春大学に入学したばかりという年若い青年は、目を閉じると、緊張を解すよう深く息を吸った。
「5分も待つ必要はありません。
分かりました。僕がお支払い出来る金額でしたら、言い値でお支払いします」
「悰二! ……本当にか……俺を助けてく…」
車椅子の男の管理下なのか、五人ほどの男達に身を拘束されていた人物が、言葉の途中で腹を殴られてか細い悲鳴をあげる。
ボロボロに汚れたワイシャツの下は、包帯で巻かれ既に乾いた血が飛び散っていた。
「本当にいいのかね?」
車椅子の男……老衰で痩せた顔に深い皺が刻まれ、猛禽類のような鋭い目をした男が、ゆっくりとそう念を押す。
悰二と呼ばれた、紺マリンボーダーのポロシャツとジーンズ姿の若い男は、無言で一度頷くと、尻ポケットからスマホを取り出しダイヤルする。
「僕です。少し込み入った事態で今は手が離せないので、済みませんが僕の口座から送金処理の代行をお願いします。
送金先の情報は、僕の部屋にメモが残っている筈です。探して下さい。
はい。金額を確認して、また連絡します」
2秒と待たずに繋がった電話の相手に、悰二は淡々とそう言い、すぐに通話を切った。
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