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「ほう。素晴らしい決断力ですな。
大変宜しい。
中々、出来る事ではありません。
あなた達ご兄弟のお父様と違い、やはりあなたは創始者であるお祖父様に似たのでしょうな。
あなたを見ていると、彼の方を思い出し胸が熱くなる思いですよ」
年老いた車椅子の男は蛇のように冷たく笑うと、ゆっくり手を叩き悰二を讃える。
総入れ歯なのか、覗く歯は不自然なほど白く、歯列の並びは人工物独特の完璧さだ。
言葉とは裏腹に目は笑っておらず、少なからず侮蔑めいた言い方だったが、悰二は顔色も変えずに無言で息をつく。
「悰二……ごめん、ごめんな…帰れたら、金はきちんと返す…ごめんな」
殴られ蹲っていた包帯の男が、両脇を抱えられよろよろと立ち上がって言った。
── 白々しい。元々は返す金が無くて、こんな事態に発展したというのに。
顔すら向けず思う。
一瞬だけ、悰二のこめかみが嫌悪感から引き攣った。
大体、返済したくてもまともなアテがないのは、火を見るよりも明らかだろう。
(── 兄さん、僕に金を返すって?
どうやって。また去年みたいに、会社の経理の女を騙して引き出させるんですか。
そうなっても。
あなたが仕事をしてなくても、親族会社社長の父に何かあれば、僕ら兄弟は株相続人筆頭。
結局、従業員はそんな立場のあなたに、不利になる事なんてしないんですよ。誰もね。
だって現在父がほぼ掌握している株券の権利が、死後に殆ど兄さんと僕に分譲される。
総株数のほぼ半分。
その時までに恨みを買っていたら、将来自分のクビが飛ぶかも知れないでしょう。
いくらあなたの不正を告発したくても、誰だってトラの尻尾は踏みたがらない。
彼等はいつでも「危ない事は、誰かが代わりにやってくれないか」と遠巻きに期待するだけなんですよ。
まったく。身勝手なあなたに巻き込まれた、あの時の女性が気の毒でなりません。
でも、あなたは懲りないのでしょうね)
悰二は、入学して半年目の大学生とは思えない疲れた溜息を吐いて目を伏せる。
女のように華奢な手を、男に差し出した。
「時間が惜しい。始めましょう。
約束通り、ダイスを交換して下さい」
車椅子の男の目を見据え、悰二ははっきりとそう言った。
皺が深く刻まれた口元に、冷たく歪んだ笑みが浮かんだ。
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