あとがき― 見えざる者の姿を見、声ならざる声を聞くこと

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あとがき― 見えざる者の姿を見、声ならざる声を聞くこと

 現代エジプトの観光スポット、ハトシェプスト女王葬祭殿といえば、多くの人が知っている。  その門前にある丸い奇妙な敷石の跡が、かつて香木を植えていた跡だということも、現地を訪れたり観光ガイドを見た人なら、もしかしたら知っているかもしれない。  けれど今は無き門を潜ったその先の、眩しく太陽に照らされたダダっ広い「庭」というのが、実は庭園だったことを知っている人はどれだけいるだろう。  庭があったからには庭師がいたのである。  彼らの苦労は、実際には、想像を絶するものだっただろう。  十五年にも及ぶ葬祭殿の建築期間、何度も変更を繰り返された建造計画。 女王が持ち帰らせて庭に植えさせた南方の異国の珍しい木々は、エジプトではきっと根付きにくかっただろう。  川から遠く離れた内陸の庭園を維持するために毎日水を運ぶだけの人がいたというのも事実で、ラメセス三世の時代には、テーベ(ウアセト)の神殿の庭園を維持するために、水汲み人だけで八千人も要したという。  彼らの姿は、どんなに壁画や文書化された歴史に注意深く目を凝らしても、なかなか見えてはこないのだ。  …本当はもうちょっとギャグよりで書こうと思ってたんだけど、調べてみたら発注主の要求があまりにキツすぎて「これは無理だな…」って思ってしまったので切ない感じになってしまった。庶民視点だとハトシェプスト女王は、かなり避けたい部類のクライアントになると思います…。 *************************** ◆おまけ  古代エジプトにおける年月は王の即位年で数えられるが、ハトシェプスト女王は単独で即位したことがなくあくまで「共同統治」の形のため、彼女の即位年で数えられることはない。「メンケペルラー」はトトメス三世の即位名。  この物語では仮の設定として、トトメス三世が六歳で即位し、ハトシェプストとの年齢差は十五歳として計算した。トトメス三世が十三歳の時にハトシェプストが葬祭殿の建設を始め、葬祭殿の完成時、トトメス三世は二十八歳、ハトシェプスト女王は四十八歳。  トトメス三世はこのあとも長生きし、治世五十五年という長寿を全うすることになる。
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