俺の父さんには顔がない

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「その願い、叶えてやろうか」  ある日、俺の前に現れた。黒い羽の生えた、手のひらサイズの生き物。  俺の部屋の、小窓に腰掛けて。  ああ、これは、きっと、 「あんたが、父さんの顔を奪った悪魔か?」 「悪魔はそうだが、お前の父親の顔をとったのとは別個体だ」  でもそうか。現れた。本当に居た。悪魔。 「叶えてくれるのか?」 「対価が必要だがな」 「なんでも」  父さんの顔を戻してくれるなら。 「なら、お前の顔をよこせ」  顔には顔だろ? と悪魔が笑う。 「いいよ」  俺のせいで不便をかけたのだから。俺が顔を奪われるぐらい、なんでもない。  悪魔が笑う。契約成立だ、と俺の額に触れる。  意識が、飛ぶ。 「うわぁぁぁぁぁ」  次に意識が戻ったのは、誰かが叫ぶ声が聞こえたからだ。  リビングからだ。  慌てて向かうと、そこには鏡を見て叫ぶ父さんの姿があった。 「顔が、おれのっ、顔がっ!」  そう叫ぶ父さんには、顔があった。しっかりわかった。でも、父さんの顔に、怪我なんてなかった。  とても整った顔をした人だなと思った。  父さんは俺を見て、 「おまえっ! それ、顔が」 「あ、悪魔が……父さんに、顔を返してくれるっていうから」 「なんてことしたんだ!」  怪我のない、綺麗な顔をした父さんが叫ぶ。  もうおしまいだ、と続ける。  意味がわからない。 「お前のせいでっ!」  ようやく見られた父さんの顔が、俺を睨む。  困惑していると、チャイムがなった。  この場から逃げるためにも出ようとするが、 「やめろ」  父さんに腕を掴まれる。 「でも」  チャイムがまた鳴らされる。  ドアの向こうで誰かが叫んでいる。  ガチャと、鍵が開く音がした。  スーツ姿の怖い顔をした男が入ってくる。  父さんの名前を呼んで。  警察手帳を、掲げる。 「ようやく見つけたぞ、この連続強盗殺人の指名手配犯!」  なにを、言っているんだ?  父さんは逃げようとして暴れて、警察に捕まった。  意味が、わからない。  あとで警官が教えてくれた。  父さんは、連続強盗殺人の容疑で指名手配犯されていたってこと。  最後の犯行で、子供を攫っていたってこと。  その子供っていうのが、俺だってこと。  俺が子供の頃、事故にあったのは事実だけど、怪我をしたのは俺だけで、母親はそもそも同乗してなかったってこと。  全部、父さんの嘘だってこと。  父さんは、父さんじゃなかった。  俺と暮らしている時も、盗みを続けていたらしい。顔がわからないから、結構堂々とスリをしていたとか。  信じられない。あんなに優しかったのに。  意味が、わからない。 「ずっと行方がわからなかったが、突然大量の目撃情報があがってね」  俺が顔を戻したからだ。だから、バレたんだ。俺のせいだ。俺の。 「君がちゃんと育ってて安心したよ」  警官が言う。  そうだよ、父さんはちゃんと俺を育ててくれたんだよ。ちゃんと父親だったんだよ。  それなのに……。  俺は施設に行くことになるそうだ。  顔も、肉親も失って、これまでの経歴も嘘ってことになって。これからどうしたらいいかわからない。  俺に残ったのは、俺を睨みつける父さんの顔だけだ。
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