俺の父さんには顔がない

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 父親の顔を知らない。  いや、父親は知っている。そういう重苦しい事情とかはない。毎日会っている。一緒に暮らしている。だけど、父親の顔を知らないのだ。 「行ってきます」 「はい、行ってらっしゃい」  毎日玄関で俺を見送ってくれる父さん。  しっかりと顔を見て会話して、でも次にはどんな顔だかわからない。いや、顔を見ている時でも顔が分からない。  昔、まだ俺が小さな子供だった時、うちの家族が乗った車が事故にあった。後ろから居眠り運転のトラックに突っ込まれたのだ。  母さんは、その時亡くなった。俺も右手が上手く動かないところがある。  父さんは、顔に大きな怪我をしたらしい。 「化け物みたいになったからな、お前は父さんを見てギャン泣きしたんだよ」  そう言った父さんの声は笑っていた、気がする。声でしか顔を判断できない。  一人で育てていかなければいけない子供が、自分の顔を怖がる。  仕事にも影響があったらしい。  傷跡はその時の医療では上手く消せなくて、父さんは神頼みしたらしい。顔を元に戻して欲しいと。  結果、悪魔が聞きいれてくれたという。 「顔を元に戻すことはできない。だが、お前の顔を奪ってやることはできる。代わりに違和感のなさを与えよう」  父さんは悪魔に顔を渡した。父さんの顔を見た人は違和感なく、父さんと話す。接する。だけど、そこに顔がない。だから、思い出せない。  父さんのことを、周囲の人は「特徴がなくて覚えにくい顔の人」と認識しているらしい。  嘘みたいな話だが、信じるしかない。実際に父さんの顔がわからないのだから。  俺のために家で出来る仕事に切り替えてくれた父さん。ここまでずっと育ててくれた父さん。それなのに、俺は、その顔がわからない。  小さい頃の俺をぶん殴りに行きたい。父さんの顔を見て泣くなって。そしたら、俺は父さんの顔がわかるのに。 「まあでも、怪我のあと見て結構ギョッとされること多かったから、なんやかんや今の方がいいかな」  なんて、父さんは笑うけど。多分、笑ってるけど。  その顔だって俺は見られないのに。  自分勝手かもしれないけど、俺は、たとえ傷だらけでも、父さんの顔が見たかった。
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