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短編
一般的な四人家族の次女に生まれた私。
裕福な家庭でもなく、決して貧しい訳でもなくどうにか大学卒業まで至った。母は多少口うるさかったが、寡黙な父はいつも口数少なくけれど優しく接してくれた。
けれど一つだけ問題があった、というよりソレを無い物のように扱っていたことがある。
私の姉、この家の長女であるユミエについてだ。
ユミエは私の二つ歳上で、物心ついた頃から何処か少し様子がおかしかった。
「わたしだけいつも仲間はずれ!」
「お父さんはなんで妹ばかりかまうの!」
ユミエはことあるごとにそれを繰り返しずっと叫んでいた。普通に考えれば、幼い妹へのやきもちなんだろうと思えるのだが何故かそれを繰り返し言う時、私は父と一緒にいなかったのだ。そして疑問はそれだけではない。
「あなたはだあれ?」
私と顔を合わす度に、ユミエはそう私に聞くのだ。母はその光景を見る度にユミエを叱っていた。
「この子はあなたの妹でしょ!何言ってるの!」
「ちがうもん、私の妹じゃない!」
この会話が繰り広げられるのは日常茶飯事となり、最初はとてもショックを受けていた私もいつしか気にならなくなっていた。後に母からユミエは少し心の病があるの、と聞かされた。それを告げた母の顔はとても苦しそうだったのを見て、幼心にこのことはもう触れてはいけない、そう思ったのだ。
そして大学卒業後の今、就職先にも恵まれ新社会人となったばかりの私に母から連絡があった。
「お父さんが倒れたの!」
急に倒れて病院に運ばれたらしく、検査の結果では長くないとの事で慌てて家へ向かった。連絡があった時間も遅かった為、取り敢えず家へと母から促されタクシーを飛ばして久々の実家へと帰宅した。
母はリビングで項垂れ表情は暗かった、当然の事だろう。母の隣に座り、父の事や現状などを聞きながらゆっくりと母の背を撫でた。
「ありがとう母さん、明日一緒にお父さんの顔を見に行こう。私会社には話してあるし、明日から土日だし暫くここに居るよ」
私がそう言うと母は何処か安堵した表情で何度か頷いで手を握ってくれた。そして家の二階を眺めるようにしながら母に問いかける。
「ユミエ姉さんは?」
母はまた俯くようにして首を横に振った、きっと変わらず部屋に籠っているんだろう。私が高校生になる頃から、ユミエは話さなくなり部屋に閉じこもるようになってしまった。
けれど今しかない、そう思ったのも事実だった。今までのユミエの言動や行動、それと父が必ず絡んでいた事が昔から気になっていた。そこに怒りや悲しみなどはない、ただその時は昔からの疑問を解きたいという事でいっぱいだった。
「……姉さん、ただいま」
何度かノックを繰り返してから部屋を開けた、薄暗く小さな明かりだけの部屋で姉は真ん中に蹲るようにして座っていた。
「電気、付けるよ…ユミエ姉さん」
ぱちり、スイッチを押して電気を付けた部屋は良く見ると暴れた後のような散らかりようだった。
「だあれ?」
ユミエが長く伸びた髪を引き摺りながら私を振り返った。その幼いままの表情に懐かしさを感じ、自分でも気付かぬうちに抱きしめてしまっていた。
「……ゆきちゃん、」
「え!姉さん私が分かるの?」
「ゆきちゃん、ごめんね…お父さん守れなかったの」
「ううん、お父さんが倒れたのは姉さんのせいじゃないんだよ、お父さんは病気で……」
動揺した私はユミエの肩を掴み、声を荒らげた。この時初めて私の名前を呼ばれた気がした、その嬉しさと父のことを理解していた驚きに涙が込み上げた。
「ゆきちゃん、お願い助けて、ゆきちゃんにしか出来ないの。りかこちゃんがお父さんを連れて行こうとしてる!」
「りかこ、ちゃん?」
ユミエが告げた見知らぬ名前、けれどその表情は真剣で声も落ち着いていた。ぎゅうっと手を握り、涙で濡れた私の頬を撫でるユミエは姉の顔をしていた。
「お母さんがしってるよ」
「お母さんが?」
それきりユミエは歌を歌いながら人形を動かし私の呼びかけには答えてくれなくなった。信じる信じないは後にしても、初めて見た姉としての顔がどうしても頭から離れない。まだ起きているはずの母の居るリビングへ向かった。
母に訪ねた結果、とても悲しい話を聞くことになった。私とユミエの間にもう一人子供を授かっていたらしい、女の子で今も生きていたら年子の三姉妹だったという。そしてその子に付ける予定だった名前が「りかこ」だった。けれど、その子は体が弱く生まれてすぐに亡くなってしまったらしい。
やはりユミエの言動を信じるべきではなかったのか、だがその話だけをユミエが知っていたのも何処かおかしい。私でさえ聞かされることはなかったのに。幽霊や呪いなどは信じていない、だが「守れなかった」という点や「お父さんを連れて行こうとしている」という事が気になって仕方がない。明日母ともに父の所へ行った時、思い当たることがないか聞いてみよう。
朝、母と一緒に父の元へ行く準備をしているとユミエが階段を駆け下りてきた。その事だけで私も母も吃驚してしまい声が出なかった。
「ゆきちゃん行っちゃだめ!」
「何言ってるの、ユミエ!お父さんのお見舞いに行くだけよ?」
「だめ、お願い行かないで!!」
「お母さんが一緒に居るからね。ごめんなさいね、お父さんの所へは一人で行ってくれる?」
叫ぶユミエと叱る母、呆然としてる私を他所に母は暴れるユミエを抑えて言う。早く、と急かす母の声に頷くと私は来ていたタクシーに乗って病院へ向かった。
大きな大学病院についた私は父の病室を受付で訪ね、部屋へと向かう。大部屋ではなく個室である事から寡黙な父が自ら望んだんだろう、そう思った。部屋をノックして返答がある前にドアを開けた。
「お父さん!」
視界に飛び込んだベッドの上では、いつもと変わらない寡黙な父が新聞を読んでる姿があった。とても安堵した。
「…なんだ、わざわざ見舞いに来てくれたのか」
「そうだよ、お父さんが倒れたって母さんから聞いたから……良かった元気そうで」
照れくさそうな父に笑いながらこれお見舞いね、と父の好きな煎餅を机に置いて椅子へ腰掛ける。良かった、やっぱりユミエ姉さんの言ってたことは気にするべき事じゃなかったんだ。
そしてお父さんはとても嬉しそうに言った。
「ああ」
「おかえり、リカコ」
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