お父さんの時限爆弾

１

　真っ白いアンケート用紙は、四月の太陽光に照らされて余計に読みづらい。どうにか記入欄を埋めていくが、読みづらさと答えづらさが重なって思わず私は手を止めた。「ご職業」とある。

「ご不明な点でも？」

　私にアンケートを依頼してきた女性が、心配そうに用紙をのぞきこんできた。

　お名前、高杉茜。ご年齢、21歳。誤字はないし、住所も電話番号にも間違いはない。問題は職業だ。

「会社にお勤めですか？」

　私の戸惑いを察し、女性は誘導するようなことを聞いてくれた。でも、ポイントはそこじゃない。

「劇団の仕事をしているんですけど、これって自営業ですかね？　それとも自由業？」

　この手のアンケートに答える際はいつも迷う。劇団は自営業か自由業か。きちんと答えたいからこそ悩む。バイトもやっているが、ここは無視して構わないだろう。

「劇団……ということは、女優さん！？」

　女性は目をキラキラさせてこちらを見つめてくる。その輝きに、そして「女優」という言葉の響きに、全身がくすぐったくなった。

「女優？」
「今、高杉さまがそうおっしゃったから」
「い、いえ、そんなつもりじゃ……」

　自分がとんでもないことを口にしてしまったと気づいた。何が女優だ。

「『その他の職業』というのもありますが、個人事業主の自営業でいいと思いますよ」

　女性が的確に助言してくれた。しかし私は気恥ずかしさで、アンケート用紙を無意味に凝視し続けるばかり。私が女優を名乗っていいはずがない。実力も知名度もある、ちゃんとした女優の方に失礼だ。職業欄の「自営業」にマルをつけると、用紙を粗雑に手渡して私は歩き出した。

　駅に続くケヤキ並木は、青々とした葉を茂らせている。その下を歩きながら、私はひたすら陰鬱としていた。間違ってはいない。劇団に所属し、小さな劇場の舞台に立つ仕事をしている。女性の俳優だから女優だ。高校を卒業して上京し、すぐ劇団に入ったからキャリアは三年になる。

　でも、私は本当に女優なのだろうか。この三年でどれだけ成長できたというのか。演技が上達したわけでもない、大きな役柄を任されたわけでもない。「高杉茜は女優である」と誰かが認めてくれない限り、いつまでたっても「自称女優」に過ぎない。

　快晴の空を覆うほどのケヤキの葉が風にそよぎ、あちこちで密談をするような音をたてた。おこがましい私を笑っているのかもしれない。