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もう少しで、あの子の誕生日だということを男は思い出した。システム手帳には毎年必ず、娘の生まれた日に○をつけるのが習慣だった。
最初の3年ほどは、その日を2人で祝っていた。自分で言うのもなんだが、隠れた名店を見つけては、評判のオムライスを食べ、食後は娘の大好きなショートケーキにフォークをそっと当てる。真っ赤なイチゴを娘の皿に置くと、「パパ−、ありがとぅ!」と満面の笑みを浮かべてすぐに頬張った。
クリスマスはカードを送り、父の日にはハンカチが贈られてきたこともあった。しかし離れて暮らすようになって5年も経つと、「忙しいから誕生日は会えない」と素っ気ないメールが返ってくるようになった。それなら、と自宅にケーキを贈る手配もしたのだが、「もうケーキは好きじゃない」という文面を目にした時は、大切なものがいつの間にか遠い所へいき、ホールのショートケーキの箱は冷蔵庫へ無造作に突っ込まれているのだろうと、肩を落とした。
そうだろう、15歳にもなればイチゴのケーキは嬉しくないのかもしれない。
その前年、「テスト勉強で忙しい」というので無理に会うのは諦めて、イチゴのタルトケーキを贈ったら「美味しかった、ありがとう」とだけ返事がきたけれど、男は少しだけ嫌な予感がしていたのだった。連絡が年々、短く、返信も遅くなっていたからだ。
離婚したばかりの頃は、週に一、二度は携帯に電話をかけてくることがあった。母親とケンカをしたらしく、泣きじゃくっている。
「離れているけれど、誰よりも大切だからね。いつも側ににいるよ」
「大切ならどうしていなくなっちゃったの」
だからこそ、娘の年に一度の大切な日を特別にしたかった。
手帳には、昔に撮ったプリクラ写真もしのばせていた。色が褪せてくるのが何とも切ない。
こうして時が経つにつれ、あの子は見知らぬ女性になってしまうのだろうか。そしてそれが成長というものであり、かつ自分の贖罪なのだと、必死に言い聞かせていた。
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