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「だから、決意をこめて、そんな彼女のお見舞いに、特急サンダーバードに乗ってはるばる福井まで行こうとしているんだね。青年」
「そういうわけで、女神様が『運命の分かれ道に居る』って言うのも納得はできるんです。それで僕の運命はどうなるんでしょうか?」
ウルド様が見上げる空を水上青年も見上げていた。
梅雨空の雲間に差し込む光は、残念ながら特に無かった。
「君がここで電車に乗って福井に行くか、やっぱりやめて帰るか。ここが運命の分岐点だ。電車に乗ればそれはX世界線に通じる。乗らずに帰ればY世界線に通じる」
「この選択が、そんなに大きな違いを生むのですか? ――本当に?」
「運命の女神様、ウソ、つかないネ」
白銀の髪の女神様が肩をすぼめる。最後の言葉はなんだかウソ臭かった。
「X世界線とY世界線。どっちで僕は彼女と一緒になれますか? そして彼女と僕は、どっちの世界線で幸せになれますか?」
藁にも縋る思いがずっとあるのも事実だ。
運命の女神様なら知っているのかもしれない。
それを水上道哉は知りたかった。
「聞いちゃうと影響されちゃうよ? 未来が変わっちゃうかもよ。それでも良いかい?」
「構いません」
その答えに悪戯っぽく笑うとウルド様はひとつ頷いて説明を始めた。
過去を司る運命の女神ウルドは、そうやって人の運命に介入するのが大好きなのだ。ただ、やりすぎると上位神に怒られるのだけれど。
「彼女と一緒になれる世界線はX世界線――つまり君が電車に乗って福井に行く世界線さ。それがきっかけになって君と岸絵里は交際に至る」
分かりやすいくらいに道哉の顔に驚きと笑みが浮かぶ。
「――話は最後まで聞け、童貞」
何も口を挟んだわけでもないのに怒られる。理不尽。
「でも、その運命の道が君の幸せな未来に繋がっているかと言うと――NOだ。君は大した成功も収められずに、若くしてこの世を去る。早い話が死ぬ」
死という言葉に驚いてか、道哉の目が開かれる。
「――彼女とは?」
「結婚するよ。選択肢を大きく間違わなければね。そして男の子も一人授かる。母親のことを本当に大切に思う男の子さ」
「……結婚かぁ。想像できないや……。でも、その頃の彼女とその子供の隣に、僕はいないんですね」
「ああ、そうさ」
しばらくの思案するように、顎に手を当て、それから彼はウルドに続きを促した。
「じゃあ、もう一つの選択肢。僕が福井に行くのを諦めて、家に帰って彼女のことは諦めるY世界線では?」
「君は彼女と恋人にはなれないし、もちろん結婚もできない。彼女のことは君の中でしこりみたいにずっと残り続ける」
「――最悪じゃないですか」
そう道哉が言うと、ウルドは肩をすくめてみせた。
「そうでもないさ。みんな多かれ少なかれ、そんな過去を抱えて生きている。折り合いをつけて。まぁ、それでもなんとか生きていくものさ。普通のことだよ」
「それで、僕は幸せになれるんですか?」
「ああ、なれるさ。それなりにね。そこそこ良い会社にも入るし、三〇代後半で少し遅めだけれど伴侶も見つけて人並みの幸せを手に入れるよ。それにそこそこ長生き。人生の幸せ総量みたいなのを考えると、俄然お勧めの選択肢はこっちだね」
花束を持つ手の力が少し抜けて、紫陽花とカラーの頭が垂れた。
「――そうだ。彼女はどうなんですか? どちらの世界線で幸せなんですか?」
「君の未来と違って彼女の未来は収束しないよ。X世界線でも彼女は生き続ける。君を失ったまま、君の息子と一緒にね。Y世界線でも君の知らないところで彼女は生き続けるよ」
プラットホームにアナウンスが流れる。京都行きの湖西線新快速の姿が遠くに見えて来る。運命の分岐点は近づいてきているのだ。
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