君は父親に似ているって、女神ウルドは言った。

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「伝言引き受けちゃったんだけど、聞いていたから、わざわざ言わなくても良いよね?」 「いやまぁ、はい。聞いてたんで大丈夫ですけれど」  さっきまで「20年前の父親」が立っていたホームを眺める。  水上道哉と結婚して、水上絵里となった母から生まれたたった一人の子供、それが僕だ。  幼少の頃に父親を亡くしたから、僕は父親の顔をほとんど覚えていない。  母は病弱な体に鞭を打って、女手ひとつで僕を育ててくれた。そんな母の人生が幸せなものであるか、不幸なものであるかはわからない。ただ、僕は母のことが大好きだった。マザコンだって言われることもあるけれど、そんなんじゃない。胸を張って言う。僕は重度のマザコンだ。  だから自分はどうなっても良いから、母を幸せにしてあげたい。そう思ってばかりいた。でもまだ高校生の僕に出来ることなんて限られていて。無力感にばかり苛まれていた。いっそ、僕がいない方が、母は自由に生きていけるんじゃないだろうか。そういうふうに自分を追い詰めてしまったことだって数知れずあった。自分の存在は母にとって重荷でしかないのではないか。自分がいなければ母はもっと自由に生きられるのではないか。  そんな時、過去を司る時と運命の女神――ウルドに出会った。  そして知ったのだ。この瞬間が世界の分岐点だったってことを。  ウルドは言った。 『あの分岐点で君の父親――水上道哉が電車に乗らなければ全ては変わった。それはきっと君が生まれない未来だろう。でも、君の母親は君を育てる苦労をせずに済むし、もう少し楽な人生を歩めることになるのさ。――Y世界線の人生をね』  ウルド様が僕に授けてくれるチャンスは一回きり。彼女と一緒に過去に飛んで、分岐点で未来を変える。  でも親との直接接触はタイムパラドックスに深刻な影響を与えるからと言われて、僕はウルドに会話を託した。  その情報は全て僕の中へと流れ込むように伝わってきたし、その逆も出来たから、さっきのウルドの会話はほぼ僕がした会話だと言っても構わない。  だからこれが、――僕が選んだ世界なのだ。
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